10月14日 11:47
時計は前半40分を回った。
スコアに動きはない。ただし、選手達の動きは両方とも開始直後から落ちてきている。特に両チームの前線は膝に手をつくシーンも多くなっていた。
そんな中、深戸学院の右サイドにボールが出た。
下田が走り、園口が追う。下田がトラップしてドリブルを狙う。
ボールが右側に流れた。走力差で僅かに園口から距離をとった下田だが、ボールが流れて角度がなくなった。
それでも強引にシュートを打つ。
鹿海の伸ばした手の遥か向こう。すなわち枠外にはずれていった。
そこで前半終了の笛。
2-1。
深戸学院が1点リードして折り返す。
「前半のシュートは深戸が7本で高踏が4本ですね」
辻佳彰が報告する。我妻彩夏も「キープ率は高踏が68パーセントですね」と時計を取り出す。
「キープ率はともかくとして、高踏も深戸も、試合展開はお互いの想定通りだろう。ただ、スコアはお互い想定外かもしれない」
藤沖が改めてスコアボードを眺める。
「高踏はリードされるのが初めてだけれど、ボールキープは長いし、相手を走らせている。一方、深戸学院は2-0まで理想に近い形だったけれど、瑞江のゴールは本当に痛かった。その後、しっかり守れたのはさすがだけど」
「1点差だとまだまだ分からんな」
「そうですね。高踏もここまで厳しい試合は初めてだし、深戸学院もここまで走らされる試合は全国でもないはずです。どちらの体力と気力がもつかの勝負になりそうです」
「サイドはどうすると思う?」
大溝の疑問。
前半、深戸学院がサイドの守備を諦めて、その分を中央の瑞江や芦ケ原にあてていることは明らかであった。
稲城と颯田は細かい技術には欠けるので、サイドの深いところから崩すことはできない。であれば、ここを替えてサイドからの展開を狙うということは打開策になる。
「ただ、稲城と颯田の守備力が捨てがたいのも事実です。もちろん、どこかでサイドに手をつけるとは思いますが、どの段階で手をつけてくるのか。瑞江も相当疲れていますから、彼をどこまで引っ張るのかも気になるところですね」
「おまえさんならどうするんだ?」
「僕がやるなら、颯田を下げて篠倉を入れて、篠倉をトップに、瑞江を右ウイングに回してみますかね。右サイドにいる瑞江に6人つけるわけにはいかないので、彼のスペースも生まれるでしょうし、篠倉の高さも意識させられる」
藤沖はノートを取り出して、交替したフォーメーションを書いていく。
「あ~、確かに瑞江君をサイドに回すのは一つの手かもしれないな」
「前半に瑞江さんと颯田さんのポジションチェンジを試してみても良かったかもしれませんね」
結菜の言葉に、藤沖は一応頷くも。
「ただ、颯田、稲城ともに真ん中で機能できるのかという疑問がある。繰り返しになるけど、前半の深戸が窮屈なサッカーに終始したのは、彼らの前線からの守備が強いからということもある。並のウイングだったら、サイドバックが左右に開いてバリエーションが増えたはずだよ。彼らの特色が良い面も悪い面も生きているから悩ましい」
難しい、難しい、と二度ほどつぶやき、首を振る。
「とはいえ、この展開のままだと2-1で負ける。前半のゴールのような偶発的な何かが起こりうる期待もあるけど、それだけに期待するのは監督として問題だ」
「奇跡に期待するようなものですものね。しかも、既に一度起きているし」
「そう。だから、どこかで何かをしなければならない。しかも、先程も言ったように瑞江もかなり疲れている。彼を下げてしまうと正直得点の見込みは激減するけど、後半フル出場というのは難しいだろう。普通に考えると早めに勝負を仕掛けなければいけないけれど」
結菜が首を傾げた。
「でも、瑞江さんが最後までもたないとなると、勝負をかけた後、また替えないといけなくなりますよね」
「まさにその通り。フォーメーションの修正ではなく、チームコンセプトそのものを何度も修正するのは無理がある。果たしてどうするか」
そこまで言って、藤沖は唐突につぶやいた。
「うらやましい話ですよ」
「うん、何がうらやましいんだ?」
「高校一年でこんな経験が出来て、様々な状況を想定して悩めることが、ってことですよ。天宮君の年齢で、監督としてこの大きさの舞台でこれだけの状況を与えられるなんて、まずないですよ」
「確かに、な」
「どんな方法を選ぶのか、楽しみです」
言葉だけでなく、藤沖は本当に楽しそうな表情をしていた。
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