10月14日 11:33
陽人は立ち上がり、立神に声をかけた。
「耀太に伝えてくれ。もう1点取られても良いから、前に出ろと」
「お、おう……」
立神は小走りに林崎の方に走り、その林崎が園口に指示を出す。
園口がびっくりしたような顔で、ベンチを見た。陽人は「前、前」と指さす。
キックオフで試合が再開した。
園口が上がる。当然、下田がついてくる。
「耀太は三か月以上鍛えているわけだしね。走力はともかく体力はある。ボールキープ率はこちらが上なんだし、走力勝負より体力勝負でスタミナ切れを目論んだ方が良いと思う」
「そうかなぁ」
後田が不安げな声をあげるそばから、ボールを取られた。安井が下田をめがけてロングボールを送るが、少し長い。
「おっ……」
顔をあげた下田は、ボールの軌道を見てすぐに「追えない」という素振りを露わにした。
「ほらね」
まだ前半28分だが、上下動を、しかも相手より間延びしたラインで繰り返しているから負担は大きい。園口に勝てそうだからという理由で、左の榊原より走らされている分も響いてきているようだ。
30分を過ぎた。
立神が右サイドでボールを持った。榊原がついてくるが、個人技で一瞬かわすことはできる。そこで何をするか、とルックアップした際、前方の瑞江が左手で自らの左ひざ、次いで右肩をポンポンと叩いた。
立神はそれを確認した後、切れ込んで早めのグラウンダーのボールを送る。
囲んでいた二人、吉田と安井はカットしようとしたが、ボールが速い。吉田はカットよりも瑞江のコースを切ることを優先し、下がる。
杉尾が背後につくが、エリア内に入ったことでPKを恐れてフィジカルコンタクトは強く取らない。
瑞江は左足ですくうように、自らの右肩の上あたりにボールを浮かした。
一転、体を回転させて左足を振り抜く。
ミスッた。
全員がそう思った。ボールは力なく斜め前に飛んでいる。
「あっ!?」
しかし、次の瞬間、杉尾と吉田が叫んだ。
力なく浮いたかに見えるボールが飛び上がったゴールキーパーの高田の右手の上を通り過ぎる。
まずいと思った吉田が必死に追う。ゆるやかなボール目掛けて飛び上がって足を伸ばす。が、ボールはその僅か先を通り過ぎ、そのままゴールラインを抜けた。
「嘘だろぉ!?」
スタンドで藤沖が叫んだ。
次の瞬間、ゴールを確認した周囲の観衆も立ち上がって歓声をあげる。
「全く何もないところから点になったよ!?」
藤沖の言うことももっともだ。それほど大きくない瑞江が数人に囲まれながらゴールに背中を向けて受けたのである。そこからチャンスが生まれるとは考えづらいし、ましてやその次のプレーが得点になるなど考えられない。
浮かせて反転してシュート、ジャストミートではなく威力を落としてキーパーの頭越しを狙うなんて発想がどこから出て来るのか。
「とてつもないなぁ……。深戸はきつい。プラン通りなのに失点したんだから、ショックはでかいだろうし、ますます疲れそうなものだ……」
藤沖の言う通り、深戸学院のメンバーの大半が「信じられない」という顔で瑞江を見ている。
ただ、決めた当人も余裕はない。小さく右手をあげた後、ハァーと大きく息を吐いて、少し肩を落とした。
こちらも疲れている、と言うことも誰の目にも明らかだった。
「ずっとマークされているから精神的な部分も含めて疲れは半端ないだろう。どちらのスタミナがもつか、というところか……」
陽人はベンチの数歩前で様子を眺めていた。
チラッとベンチに座る面々を見た。
「誰か替えるのか?」
視線が合った真田が尋ねてきた。
「前半は替えないですけれど、後半は早めに勝負を打たないといけないでしょうからね。どうしたものか」
選択肢は無数に浮かぶが、当然全てを実現できるわけではない。
ハーフタイムまであと7分。その間に考えなければいけないし、その7分の間でまた展開が変わるかもしれない。
「想定は2点差だったから、前半もう1点取られても大丈夫なのは大きいんですけどね」
改めて2-1となったことを確認し、再びピッチに視線を向けた。
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