10月9日 1:15

 その夜、陽人はメモリーカードを差し、深戸学院の二回戦以降の試合をチェックしはじめた。


「あれ、もしかして全部見るの?」


 結菜が歯ブラシを咥えながらやってきた。


「一応は」

「観てもどうにもならないんじゃない? 一週間だし」

「あ~、別に何か弱点を見つけようとか大それたことは考えていないし、この一週間で何か変えられるとも思わないよ。ただ、相手がやってくるかもしれないことは把握しておきたいんだよ」

「深戸学院がやってくること?」


 一旦、歯ブラシを置きに洗面所に戻って行った。


「トータルで考えれば深戸学院の方が当然戦力は上だから、そもそも対策しても仕方ない部分はある。ただ、相手がやってくることを分かっていて『それは分かっている』というフリはしておきたいんだよな。一番まずいのは、『そんなことをしてくるのか!?』って俺が泡食ってしまう状態だ」

「あぁ、確かに監督が動転していたら、選手もやってられないってなるかもしれないわね」

「とにかく相手の出方はなるべく押さえたい。と言って、全部押さえられるかは分からないけど」

 そう言いながら、試合途中までを観ていく。



 結菜が、昼の試合を含めた深戸学院の傾向を話し始める。


「基本的には両ウイングの榊原さんと下田さんが最大の得点源だと思うのよね。二人とも俊足で個人技術が高くて抜く力がある」

「両ウイングに対して、こちらは耀太と翔馬をサイドバックに置いている」

「引っ張り合いになると、より攻撃に専念できるウイングの方が有利じゃないかしら?」


 自分の後方にサイドバックが控えているウイングと、最終ラインのサイドバックとではディフェンスへの意識は後者の方が高くなる。


 園口と立神が、両ウイングに引っ張られてしまうと、攻め手が少なくなる。


「それは絶対にやってくることだろうな」

「右サイドの南羽さんはちょっと不安だけど、左は曽根本さんをサイドバックにして園口さんを一列上げるという手もあるかもよ」

「あとは突破された時のために、徹平をセンターバックに入れる手もあるかもしれない」


 元々、センターバックのレギュラーは俊足の石狩徹平であった。ただ、サブチームとのバランスを考えて武根と入れ替えている。


 しかし、準決勝と決勝は中一週間。ここまで来ればレギュラーとサブのバランスを考える必要はない。


「それはありだと思う。武根さんより石狩さんの方が確実に良くなると思う。ゴールキーパーも須貝さんの方が良いかも」


 正ゴールキーパーの鹿海は須貝と比べて、足の速さやキック精度では勝っているが、ゴールキーパーとしての守備能力は明らかに劣っている。


 劣勢が予想される試合で、守備能力に問題のある選手の起用はしづらい。


 どうすべきか。陽人はしばらく考える。


「その方が安全かもしれないが、そこまでやると俺達がここまでやってきたことを否定することになる。二点、三点取られるかもしれないが、前半はコンセプトをきっちり試してみたいと思う。駆を出して、キーパーも当然優貴だ」

「了解」



 方針が固まり、改めて分析に入る。


「中の攻撃は7番の安井さんが低い位置から組み立てる感じだな」

「いわゆるトップ下みたいな感じの選手はいないわね。サイドを走らせるか、トップの新木さんか鈴木さんに当てるような展開が多い印象」


 方眼紙に色々書き込んでいく。


「サブ組はどうかな」

「今日の試合に関しては、途中から出た鈴木さん以外、これはって感じはなかった。榊原さん、下田さんの二人よね。鈴木さんはそんなに巧いって感じはないけど、パワフルで力いっぱいプレーするからはまったら凄いプレーもやっちゃう感じがある」

「なるほどね」

「守備はもちろんこれまででは最強レベルだけど、どうしようもなく硬い感じはなかったかな……。松葉西に失点していたのもあるけど。瑞江さんや立神さんなら二度三度は決定機を作れるんじゃないかと思う」

「なら、こちらもこれまで通りやってみるしかないな」

「フォーメーションのスタート図は同じ4-3-3ね。ただ、あまり布陣を変えないよね。流動性という点ではウチの方が上だから、配置で面食らうことはない気がする」


 話は尽きることなく続いていった。

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