10月8日 16:25
後半、高踏は4点のリードがあるのでペースを落として臨んだが、松葉商業も追撃の意欲はあるようだが、打開策が見当たらない。
結果、松葉商業サイドがプレスのない後方でボールを回す時間が増える。
陽人は口を尖らせる。
「またダラダラすると嫌だな……」
鉢花戦の後半のような展開は避けたいところだが、松葉商業が諦めていないため、気が抜けるということはない。
動きの無い展開のまま、時間が過ぎていく。
ようやく動いたのは15分。松葉商業のコーナーキックを武根が防ぎ、クリアに抜け出した立神が独走して決めて5点目。更に3分後には芦ケ原が、25分には瑞江が4点目を取って7-0となる。
その時点で選手を替える。
「準決勝は追いかける展開になるかもしれないから、純と俊矢を達樹と組ませてみるか」
稲城と颯田を下げて、篠倉と櫛木を投入した。
「真治がいればいいんだけどねぇ」
隣に座っている後田が、昨日から不在の戸狩の名前を出す。
「……いないんだから仕方ないよ」
いれば、瑞江と篠倉のツートップ気味にして、戸狩を0.5列下に置くような交代もあったかもしれない。とはいえ、いない以上は仕方がない。
櫛木-瑞江-篠倉という前線となったが、練習でもほとんどない組み合わせということで、守備はともかく攻撃時にはほとんど機能するところがなく、時間だけが過ぎる。
松葉商業も最後まで攻撃の策は見つけ出すことができず、試合は7-0のままで終わった。
「やっぱり日頃組まないメンバーでは中々うまくはいかないか」
当然のことを認識する時間となった。
控室に戻って、話をしていると扉がノックされた。
「天宮さん」
入ってきたのは辻佳彰である。後ろには宍原と谷端、更に見慣れない40代の男がいる。
「今日の映像も、宍原さんに渡していいですか?」
「あぁ」
そういえば、そんなこともあったと思い出す。
鉢花戦も渡している以上、こちらも断る理由はない。
「構わないよ……」
と言いつつ、宍原に「その人、誰?」と尋ねるような視線を向ける。
相手の方から進み出て来た。
「こんにちは。深戸学院監督の佐藤孝明です」
「えっ?」
予想していない名前に驚いた。まさかここまで見に来るとは。
深戸学院が別会場で試合しているはずだと記憶していたので、驚きも大きい。
「せっかく観戦させてもらったので、挨拶だけでもと思ってね。来週、いい試合をしよう」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
陽人が頭を下げると、佐藤は唖然としている真田の方にも歩み寄った。
「来週はよろしくお願いします」
「あ、いえ、こ、こちらこそ……」
挨拶だけすると、佐藤は踵を返す。宍原も「それじゃ」とややバツの悪い顔をしながらついていった。
控室がしばらくシーンと静まり返る。
沈黙を破ったのは辻だった。
「佐藤監督は、瑞江さんへの依存度が大きいんじゃないかということを言っていました」
「……それはまあ」
チームとしての土台も強くなってきているが、元々は瑞江、立神、陸平の三人をベースに考えていたのだ。依存度が大きいのは当然のことである。
「ある程度は対策も練れているみたいです。今までと同じやり方は、さすがに通用しないかもしれません」
「それは、まあね」
陽人が苦笑する。
「試合が進めば、研究はされるだろうけれど、だからといって現時点ではあれこれやれるチームじゃないからな。同じやり方を貫いていくしかないよ」
陽人の言葉に、全員が頷く。辻も「そうですね」と頭をかいた。
「他のやり方なんてないですものね。あと、これは佐藤さんから渡された深戸学院の試合記録です。明日以降、天宮(結菜)と我妻と一緒に研究してみます」
「ありがとう。どこまで参考にできるかは分からないけど、お願いするよ」
辻に答えた陽人の頭に、月並みな言葉が浮かんだ。
試合が行われるのは来週だ。
しかし、準決勝はもう、始まっているのだ、と。
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