10月8日 14:58

 前半終了の笛がなり、ハーフタイムへと入った頃、宍原は背後から呼びかけられた。


「か、監督?」


 谷端篤志に、監督の佐藤孝明とコーチ二人がスタンドに現れた。深戸の試合が終わると同時にこちらに駆けつけてきたらしい。


「どうだ?」

「松葉商業では何もできないですね」


 宍原は視線をスコアボードに向けた。4-0になっている。


「鉢花に勝利して自信もついたみたいで、プレーも堂々としていますね。一年軍団が相手を見下している感すらあります」

「そうか……」


 佐藤は頷いて、視線を辻に移す。


「あ、高踏監督の後輩の辻君です。鉢花戦の映像は彼らが撮ってくれまして」


 宍原が辻を紹介して、その流れで大溝夫妻も紹介する。


「深戸学院の佐藤孝明です。先週は貴重な映像を預けてもらいまして、ありがとうございました」


 そう言って、佐藤は辻に別のメモリーカードを渡す。


「インターネットテレビで、ウチの試合だけはやっているようでして、昨日までの分を録画したものです。こちらだけ教えてもらうというのもフェアではないので、参考にしてください」

「あ、ありがとうございます」


 辻は固まってしまったかのようで、噛みながら礼を述べる。




 そこからしばらく、宍原は前半の得点シーン解説を佐藤達に行う。


「……3点目はワンツーで崩して立神がエリア内に入り、キーパーをひきつけて瑞江にパスして終わり。4点目はパスを繋ぎまくって鈴原から瑞江です」

「うむ……。鉢花戦のビデオも見たけれど、彼みたいな存在が完全な無名だったというのが本当に信じられない」

「中二までアメリカにいたんで、どこも知らなかったみたいですね。本人はあんまりサッカー、サッカーって感じでもないようですし。プロサッカー選手より、アメリカの大学に行きたいと思っているらしいですから」

「そうはならんだろう」


 佐藤は苦笑した。


「高踏の強さの大半は、高校一年でここまで行けるのかというくらいの極端な戦術特化だが、それを差し引いても瑞江君、立神君は突出している。瑞江君は成績的にも目立っているから、そう遠くないうちにU16候補になるだろうし、プロからの誘いも来るだろう」

「ですよね~」

「とはいえ、今のうちなら瑞江君を止めれば高踏の攻撃はほとんど止まる」



 なるほど、と宍原は思った。


 瑞江は4試合目の前半終了時点までで20点をあげている。


 その得点力のとてつもなさに目が向くが、逆に言うと瑞江を抜いたら明確なゴールパターンがなくなるというのも事実だ。前線の残り二人、稲城と颯田はそれぞれに図抜けた長所をもつが決定力はさほど高いとは言えない。二列目から良いタイミングで上がってくる芦ケ原は厄介だが、深戸の選手なら止めることは難しくない。


「……と、佐藤が言っていたと伝えてもらえるかな?」


 ぽかんとして聞いている辻に、佐藤が悪戯っぽく笑う。




「藤沖君も言っていたと思うけど、新しい難敵が増えるというのは厄介ではあるけれど歓迎すべき話でもある。県サッカーの盛り上がりがないと、回り回って自分達が苦しむことになるわけだからね。いや、既にそうした入り口まで入っていると言っていいのかもしれない。上の方で顔を合わせるのは潮見君か沢渡さん、伊橋さん、たまに藤沖君くらいだからね」

「マンネリ化ですか」

「そうだね。あまりにも同じ顔合わせが続くと新鮮味もなくなり、お互いの成長も少なくなってしまう。それなら全国に行けば変わると思いきや、今度は過剰なまでに結果を求められてしまうから、結局ダメになる。これはまあ、私の心の弱さでもあるんだけどね」


 後半が近づいてきて、両校のメンバーが出て来た。とはいえ、表情は好対照だ。意気揚々とした高踏に対して、松葉商業は「まだ後半があるのか」と疲れ切ったような面持ちが大半だ。


「県大会準決勝の舞台で、彼のような斬新な監督と顔合わせができるというのは素直に楽しみでもある。お互いの勝負の場であるのだが、同時に成長の場でもあるとも思うからね。もちろん私の方が先輩だから、天宮君が私から学ぶことは多くあるだろう。ただ、逆に彼から私が学ぶことも多いはずだ。結果はともあれ、そういう期待ができる試合は本当に久しぶりだよ」

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