10月8日 13:41
瀬戸川公園競技場のスタンドでは、結菜と我妻がアーモンドチョコレートを食べながら観戦をしていた。さすがにこれだけの遠隔地までカメラを持ってくることはできないので、我妻がメモを取っている。
「どうしたんだろうね、深戸学院」
結菜が首を傾げる。
「ゴール前の動きが硬いよね。深戸っぽくない……って言うほど、深戸学院の試合を見ていないけど」
とはいえ、深戸学院の試合は有料で見ることもできる。
そこで見た3回戦の試合と比較しても、明らかにこの試合は動きが悪い。
「出ている選手達も大体レギュラーだものねぇ」
この試合の後、準決勝、決勝は中1週間を置いての試合となる。だから、調整の必要はないし、どのチームも本気を出せる状態のはずだ。
だからこそ、解せない。
それは深戸学院監督・佐藤孝明にとっても同じであった。
「何だ、何だ、今の前半は!?」
日頃はあからさまに大声を出すことはないが、この試合のハーフタイムは例外であった。
「今から準決勝のことを考えているのか!? この試合に集中しないでどうするんだ?」
鉢花が正体不明のチームに負けたという事実、どうやら準決勝でそのチームと当たるらしいという不安が影響している。佐藤はそう考えたのである。
それはやむをえないところではある。
事実、佐藤自身、不気味に感じているところはある。
とはいえ、そんなヤワな鍛え方はしていないはずである。不気味だという理由で不安になり、心技体のバランスに影響を及ぼしたり、集中力に乱れを生じたりすることはあってはならない。
「新木! 今の対戦相手はどこだ!?」
一際動きの悪かった主将の新木直明に問いただす。
「松葉西です!」
「おまえのマーカーは誰だ!? 試合前にレポート班が報告したな」
「え、えぇっと……」
「聞いていなかったのか!?」
「い、いえ!」
と言いつつも具体的な名前は出てこない。
「集中できない奴に任せるわけにはいかない! 後半は鈴木と交代だ! 安井、おまえの前にいる相手は誰だ!?」
こちらも出てこない。
「何で聞いていないんだ!? 何で忘れたのに確認しないんだ? 何もしなくても勝てると思っているのか? 周りがやってくれると思っているのか!?」
「す、すみません!」
「交代枠が五つでなかったら、高田以外全員交代させたいくらいだ! きっちりやらんか!」
「はい!」
嵐は、尚しばらくの間続く。
控室から選手が出て来て、後半開始が近づく。
「おっ、深戸は選手を二人替えるみたいね」
結菜が身を乗り出した。前半は見なかった13番と18番が並んでいる。
「おおっ、10番と7番!? 新木さんと安井さんを下げちゃうの?」
程なく、新木を鈴木に、安井を町岡に交代するアナウンスも流れる。
後半開始とともに深戸学院が前に圧力をかけていく。
「前半は前線でのボールキープが雑だったのよね。選手を替えて良くなるのかな?」
「また雑なボールが上がったけどね」
司令塔タイプの安井と町岡が変わったが、タイプは異なるようでサイドにいる。
トップの鈴木が下がって受けて、サイドに展開するつもりのようだが、繊細なコントロールというものはないようでハイボールが右サイドに上がる。
精密なボールではないが、変わって入った町岡が競り勝ち、右ウイングの下田が一人かわしてクロスをあげた。それを鈴木が豪快に入り込みシュートを打ち、豪快に外す。
「あの鈴木って人、とにかく力いっぱいシュートを打つタイプみたいね」
「そうね。でも、深戸、良くなってきたみたいね」
我妻の指摘に結菜も頷くが。
「でも、時間が経ってきたら焦るかも。どのタイミングで同点にできるかよね~」
その同点弾は10分後に生まれた。
前線へのボールに鈴木が競り合い、ゴールラインを割る。「ゴールキックか」と思ったが、主審はコーナースポットを指さした。
「あれっ?」
結菜も我妻も思わず首を傾げたが、松葉西側も同じだったらしい。何となく納得しないまま迎えたコーナーキックを、CBの杉尾が押し込み同点とする。
「あちゃあ……」
防げた失点。そう思った。
松葉西は「ゴールキックのはず」と思って集中が削がれたようだ。しっかり集中できていれば防げたはずである。
そこからは一方的な展開となった。
深戸学院の強力な両ウイング、榊原蹴人と下田竜也が立て続けに得点し、替わって入った鈴木楊斌もネットを突き破るつもりかというほどの強烈なシュートを叩きこむ。
後半30分の段階では5-1。前半は何だったのかと思うくらいだ。
「失点で完全に切れちゃったな~」
「ちょっと可哀相だけど、そういうこともあるって思わないといけないよね」
「にしても、深戸学院の選手はやっぱり凄いよね~。下田さんと榊原さんに前向かせたら、止めるのは大変そう」
結菜がささっとフォーメーション図を書いて、眉をひそめる。
「今日は替えられた新木さんと安井さんも準決勝ではリベンジしてやるって燃えていそう」
「そうねぇ。何点か取られるのはやむなしって感じがするわね。だけど、バックラインやGKは決して巧いって感じではないし、こちらも攻撃のチャンスはある程度作れるんじゃないかしら」
そんな話をしているうちに試合が終わった。
結局6-1。順当な結果に終わった。
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深戸学院-松葉西のメンバー表
https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817330667494597281
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