10月8日 12:51

 高踏高校の準々決勝。


 松葉商業との試合会場は、2回戦と同じ稲穂公園競技場である。



 前日同様に戸狩が熱で来られないため、残りの面々でバス移動をしてやってきた。


 既に一度経験している会場であるため、やりやすいはずであるが、着いた途端に前回と違う雰囲気を感じる。


「うわ、陽人。あそこにいる人達って、もしかして観に来た人たちか?」


 颯田が入り口の方向を見て、驚きの声をあげた。


 指さす方向に視線を向けると、入り口はまだ空いていないが、一般人と思しき人達が数十人は並んでいる。


 開始3時間前にいる人数としてはかなり多い。


「今朝の新聞にも出ていますからねぇ」


 稲城が新聞を開いて見せた。地方版ではあるが、「全員一年生の高踏高校、8強進出の快挙」と見出しもついていて、鉢花に10点取って勝利したことと、昨日は控え組主体で勝ったことも触れられている。とはいえ、詳細までは触れられていない。どのようなチーム編成になっているかについてはまだ知られていないのだろう。


「これは準決勝まで行ったら、更に大変なことになりそうだなぁ」



 2時間前に控室に入り、準備運動をしがてら、時間を潰す。


 この時間帯はそれぞれが好きに過ごしている。


 最初のうちは何をしていいのか分からなかったが、さすがに地域予選から7試合目ともなると雰囲気に慣れてくる。稲城は参考書を開いており、立神は軽い筋トレを、園口はサッカー雑誌を眺めている。


 ただ、陽人は「これでいいのか」という思いもゼロではない。


 試合前の時間で、相手の要注意選手を確認することなども必要なのかもしれない。今までは「とにかく自分達のやるべきことを徹底してやる」ことを優先していたし、それはこの試合も変わらないのであるが。


 スタメンも既に決まっているし、やるべきことも決まっている。


 つまり、監督だからといって何か違うことをやる、ということがない。



 試合前1時間となり、試合前練習でグラウンドへと出た。


「うわぁ……」


 誰ともなくスタンドを見上げて、驚きの声を漏らした。


 2回戦では鉢花の応援団が一団となっていたものの、観客の総勢としては200人から300人といった観客であった。


 今、既に2000人ほど入っていそうだ。といって、松葉商業の応援団が来ているわけではない。どちらかというと高踏サイドの方が多いようにも見える。


 もちろん、他校の偵察隊と思しき面々も多数いた。


 大溝夫妻や宍原もいる。今日は結菜と我妻は深戸学院の試合を見に行っているため、スタンドには辻佳彰と、もう一人見覚えのある少年がいた。


「浅川君も見に来ているのか」


 視線が合うと、宍原達が「ここにいるぞ」とばかりに手をあげた。



 スタンドにいる辻佳彰はいつものようにカメラをセットして、浅川に声をかける。


「光琴、ちょっと鞄を取ってくれないか?」


「おう」


 浅川が手を伸ばして鞄を渡す。その中からメモリーカードを取り出してカメラにセットした。


「カードもセットして、問題なし、と。あとは試合開始を待つだけだな」

「今日も映像を貰って行って良いかな?」


 宍原が辻に尋ねる。


「一度渡しているから大丈夫だと思いますけど、一応、試合後に陽人さんに確認してみます」

「了解」

「そういえば、今日は深戸の方が先に試合開始していたんですよね?」

「あぁ、ノーシードの松葉西とやっている。いまのところ……」


 携帯を覗き込んだ宍原がその場で固まる。


「ど、どうしたんですか?」

「前半終わって、1-0で松葉西がリードしている……」

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