10月7日 16:00

 高踏高校対中都商業の三回戦会場は、私立中京経済大学のグラウンドである。


「アメリカのNCAAに所属する有力校は10万人くらい入るスタジアムを有しているっていうけれども、日本の大学にはそこまでのグラウンドをもつところはないよねぇ」

「日本はプロでもそこまで入るところがないよね」


 最寄り駅までの車内で、結菜と我妻がそんな会話をしており、女子中学生らしからぬ会話に回りの人間がけげんな会話をしている。



 大学は最寄り駅から徒歩二分のところにある。


 駅を出て、近くのコンビニでコーヒーでも買おうとしたところ、我妻が袖を引っ張った。


「ちょ、ちょっと結菜、何か変じゃない?」

「変って何が?」


 人が多いが、コンビニなら特別不思議なことはないだろう。


「あちこちのジャージー姿だよ」


 そう言われて、初めて気づいた。


 確かに大半がジャージー姿である。入っている刺繍などを見ると、聞いたことのある高校名もちらほらとあった。


「つまり、高踏を偵察に来た?」


 声を落として確認すると、我妻も頷いた。


「そうだとすると、ちょっとガッカリさせるかも……」


 何せ今日は、鉢花戦でのメンバーは二人しか出ない。


 しかも、そのうち一人はGKが前線にいるのであるから。



 しかし、試合開始前、発表されたメンバーに驚いたのは彼らだけではなかった。



 GK:須貝康太

 DF:曽根本英司、道明寺尚、石狩徹平、南羽聡太

 MF:久村徹、鈴原真人、園口耀太

 FW:篠倉純、鹿海優貴、櫛木俊矢



「あれ、鈴原さんに、園口さんも出ている」

「戸狩さんがいないよ」


 二人で高踏ベンチの方を見た。


 スタメンにいないだけではなく、戸狩真治の姿がベンチにもない。



 大学グラウンドなのでスタンドはないが、その分近くまで行くことはできる。


 高踏側のベンチ近くまで来た。この日はサブの瑞江と陸平が気づいて、「おはよう」と声をかけてくる。


「戸狩さんはどうしたんですか?」

「熱を出したらしくて明日も無理そう」

「えっ、そうなんですか?」

「昨日も朝だけ来て、午後は早退していたし」

「それで園口さんなんですね」


 戸狩はスタミナに不安こそあるがBチームでは一番のテクニシャンであり、攻撃面の創造性を一手に担う存在である。彼の代役となれるのは、瑞江、立神、園口くらいだろう。


 人選が限られるという難点もあるし、明日を考えると連戦に臨む者が二人以上出るという問題も出て来る。


 この試合が接戦になると、明日に影響するかもしれない。


 結菜はそんな不安を感じたのであるが……



 試合が始まってみると、そんな不安は全くかき消されてしまった。


 鉢花から10点という事実に慄いているのか、中都商業も引き気味にカウンターを狙う構えである。


 その引いた相手に対して前にいる園口がはまった。


 ボールを持って一人、二人とかわして攻撃を牽引していく。周りも一回戦の竜山院戦では好機を逸し続けたが、この日は二回戦の流れを受け継いだかシュート精度も高い。


 30分までに篠倉、鹿海、櫛木と3トップが1点ずつをあげると、その時点で相手は諦めてしまったようだ。


 安心モードに入っていると、近くの偵察隊がボソボソと話をしている様子が聞こえる。


「昔、愛東にいた園口耀太か……」

「中学時代は全く聞かなくなっていたが、まさかこんなところにいたとはなぁ」

「園口が完全復活したから、鉢花に勝てたんだな……」


 そこまで聞いて、我妻がヒソヒソ声が語り掛けてきた。


「昔の園口さんってすごかったんだね。鉢花に勝ったのがほぼ園口さんの功績になっているよ」

「でも、兄さんも名前を知っていたくらいだものね」


 後ろの話は更に続いている。


「深戸は即戦力しか取らないだろうから、園口には見向きもしないだろうが、鳴峰館や珊内が取らなかったのは何故なんだろうな。先に藤沖監督の誘いがあったのかな?」

「それ以外考えられないだろうなぁ」


 前半はそうした話題しか聞こえないくらいの園口劇場となった。


 自身も1点を決めて、スコアは4-0。



 後半、園口を立神に、鈴原を芦ケ原に替えて、芦ケ原がすいすいと2得点。


 苦戦するかもしれない、と危惧していた三回戦であるが、ふたを開けてみると難なく突破できた。

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