10月2日 12:30

 鉢花に快勝してから一夜が明けた。


 陽人はいつもより早めに起きて朝食を食べると、6時台に家を出て、6時半に高校から離れたグラウンドへと着いた。


 そこで昨日の試合を映像で確認する。昨夜見ても良かったのであるが、一晩くらい寝て落ち着いてから見直した方が効果的と思い、今、チェックしているのだ。


 前半まで見終わったところで、物音がした。



 いつも早くから掃除をしているマネージャーの卯月亜衣が来たのだろうかと振り返ると、甲崎の姿があった。


「甲崎さん? あ、おはようございます。どうかしたんですか?」

「うん。今日昼休み、職員室に来てくれって」

「職員室に?」


 思わず「うへぇ」と声が出そうになった。


 昨日、結菜達が話していた監督人事に関わることだろうと直感したからだ。


 とはいえ、甲崎が言ってきて、「嫌だ」とも言えない。


「分かりました」

「うん。それじゃよろしく」


 そう言って、甲崎は踵を返して去っていった。


 思わず溜息をつきそうになった。落ち着かないので、映像チェックはやめて、グラウンドへ向かううち、稲城がやってくる。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。希仁」

「何だか浮かない顔をしていますが、どうかしたんですか?」

「うーん、何か今後も監督を続けるかもしれない、という話があるんだ」

「ほぉ」


 稲城は目を見開いた。



「当然じゃないですか?」


 稲城の非情な言葉。


 陽人は「えぇ」と抗議の声をあげるが、彼は無視して話を続ける。


「高踏は去年まで1つ勝つことすらほとんどなかったらしいじゃないですか。それが今年は5つも勝っているわけですから、わざわざ変える必要はないですよ」

「いや、でも、本来やるはずだった藤沖監督は樫谷で全国出場したこともあるし」

「でも、高踏を指揮したことはないですよね? ボクシングをやった経験からすると、優秀なトレーナーでも合わない選手というものはいますから、実績を信じすぎるのも良くないですよ。園口さんだって、優秀なはずのジュニアのチームに行って、変なトレーニングで鈍足にさせられたわけですし」

「まぁ……」

「ま、天宮さんがどうしても嫌だと言うのなら、仕方ないですが。お、皆さんも来ましたね」


 稲城の言う通り、卯月と瑞江、陸平が連なってやってきた。その後ろにも人影が見える。


「あ、今の話はとりあえず、ここだけにしておいてくれ」

「承知しました」


 色々思うところはあるが、はっきり決まったわけではない。


 昼休みに聞いてみるしかないだろう。



 その昼休み、職員室に行くと真田がいた。


「校長先生から言われたよ。今の体制で来年もやるって」


 あまりにあっさりとした言葉。


「本当にいいんですかね?」

「分からんけど、まあ、学校史上最高の成績は出しているからねぇ。コーチのアテがあるなら二人までOKだとも言っていたよ」

「コーチのアテなんて言われても……」


 高校1年の自分に、どんなコーチの伝手があるというのか。


「あ、真田先生の後輩の夏木さんでいいんじゃないですか? 強豪の北日本短大付属でコーチをしているくらいですから、任せてしまっても」

「夏木君はねぇ……」


 真田は乗り気ではない。


「彼を連れてくると、俺の立場がなくなるからねぇ」

「いや、やる気ないんですよね。立場なんてどうでも良くないですか?」

「他の奴ならいいんだけど、直接の後輩はねぇ。それに夏木君だって、今の仕事から離れたくないだろうし」

「そうかもしれませんけど、一度くらい声をかけてくださいよ」

「分かった、分かった。今日の夜にでも聞いてみるよ」


 真田は引き受けたものの、全くアテにならない様子であった。

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