10月1日 16:35
試合終了後、シャワーと着替えを済ませて稲穂公園の駐車場へと歩く。
予約していた貸切バスが待機していた。
電車を乗り継いで一時間半かけて帰るくらいなら、と依頼していたバスである。
「そういえば来週も予約しないといけないですね」
マネージャーの卯月が次の試合会場を確認して、電話をかける。
本来は顧問の真田がやってもよさそうなものだが、彼は「大変だなぁ」という様子でてきぱきと動く卯月を眺めているだけである。
しばらくすると、中学生組が宍原や大溝夫妻達と共に戻ってきた。
「あー、そういえばみんなはバスなんだな。電車は俺だけか」
宍原ががっかりと肩を落とす。
大溝達はいつものワゴンだし、滝原も車だ。もう一人も自分の車を用意している。
「深戸は何点取ったの?」
宍原がいるのでスコアを確認してみた。勝敗は聞くまでもないからだ。
「6点。10点なんて簡単に取れねえって。無茶苦茶だよ」
呆れたような宍原の言葉に苦笑するしかない。
「俺だって、こんなことになるとは予想していなかったよ。出来過ぎで怖いくらいだ」
「結菜ちゃんから、試合の映像をもらったけど、監督達に見せてもいいか?」
「うん?」
唐突な言葉に、結菜を見た。視線が合うと、ピースサインを向けてくる。
映像があれば研究されるだろうなぁ。
まず考えたのはそれだった。
もちろん、それは不利である。
ただ、その後、色々な別の考えが頭をよぎる。
それらがないまぜになってきて……
「別にいいよ」
「本当かよ? 俺がおまえの立場だったら、深戸学院とやるまで練習もシャットアウトして、相手に分からせないようにするけどな」
「勝ち負けだけなら、その方が賢いんだろうけれど、それで県代表までなっても全国で大恥かくかもしれないからな。もし、深戸学院と五分の条件でやって勝てたら、安心して県代表になれるし、見てもらっていいよ」
「大物だねぇ。さすが将来の日本代表監督候補は言うことが違う」
「……は?」
宍原の言葉に戸惑っていると、宍原は「ほらあっち」と指さした。
指さされた側では見覚えのない同伴者が、今まさに車を発車させようとしている。
「藤沖監督が言っていたよ。天宮なら県サッカーを変えるかもしれないし、将来はプロやら日本代表もありうると」
「えっ?」
「だから、高踏の監督は正式に退いて、樫谷の監督に戻るってさ」
「何だって!?」
完全に青天の霹靂というべき話である。
「いつ、そんなことを? 何でおまえがそんなことを知っているんだ?」
「いや、だからあの車の人が藤沖さんで、ハーフタイムにスタンドでみんなと聞いていたから。な、結菜ちゃん!」
宍原の呼びかけに、結菜が「何ですか?」とやってくる。
「藤沖さん、天宮が将来の日本代表監督かもしれないって言っていたよな」
「それは大溝さんでしたよ?」
「あ、そうだっけ」
どちらにしても関係がない。
飛躍が大きすぎる。
結菜が話を引き継いだ。
「そうそう、来年、すごく背の低い子が入ってくるんだって。スポンサーの孫だから、邪険にはできないって言っていたよ」
「スポンサー?」
「グラウンド整備費用を出してくれている人」
「……聞いたことがないんだが」
「高踏の監督になる際に藤沖さんが聞いていたみたい。146センチだっけ。女の子でもそこまで低い子はあまりいないかもって身長だけど、技術はあるんだって」
「……いや、身長が低いだけで外すことはないだろうけど、今の時点で来年の話をされても困るんだが」
「でも、藤沖さんはもう辞めたみたいで、校長とスポンサーには兄さんを勧めるみたいよ」
「マジかよ……」
突然の展開に、ただ、ただ、茫然とする。
予選が終わるキリのいいところまでは指揮したい、とは思っていた。
しかし、その先もずっと。下手すれば3年間も、というのは考えもしなかったことだ。「そのうち交代するから好き勝手やっても良い」というのも正式監督ともなれば通用しなくなる。
「えぇぇぇ……」
唖然となる陽人の横を、藤沖の乗る車が走り去っていった。
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