10月1日 15:44

 後半も27分を回った。


 スコアは9-0のままである。



 園口が喝を入れたことで、全体の動きは再び良くなった。


 とはいえ、瑞江がこれ以上シュートを打たないので点に結びつくことはない。


 人数の少ない鉢花の攻撃に関しては、ほぼ完封している状態である。


「怜喜を下げてみるか?」


 後田の提案。


 陽人は、顎に手をあてて考える。



 両サイドバックの園口、立神が前に出られるのは、陸平、武根、林崎の三人で最終ラインをケアできているからである。特に陸平が中盤でのキーパスの大半をカットできているからこそ、成り立っていると言えた。


 その陸平を外すということは、防護フィルターを外すようなものだ。わざわざそんなことをやる意味がない。端的に言えば愚策である。


 ただし、今後陸平がいないという事態が起きないとも限らない。


 今は大量点差がついていて、相手が一人少ない、試すには恰好の状況である。


「やってみるか」


 陽人は久村にアップを指示した。



 3分ほどアップさせて、陽人は久村を呼んだ。


「怜喜のポジションをやってくれ」

「えっ、マジ? 隆義かと思った。大丈夫なのか?」

「勝ち負けという点ではさすがに大丈夫だろう。やれるだけやってみてくれ」

「……分かった」



 交代してすぐのプレーに陽人は天を仰ぐ。


「うーん、やはりかなり違いがあるな」


 相手の前へのパスが簡単に通ってしまい、陽人は思わず頭をかく。


 そのままシュートまで持ち込まれたが、幸いにして枠を外れた。9点リードだから余裕だが接戦だったら、頭を抱えていたかもしれない。


「怜喜は通りそうなパスでもほとんど止めるからなぁ。護はしっかり守るけど、カバー範囲がかなり変わってしまう」


 中盤にカバーできないギャップが生まれてきて、さすがに疲労もあるので周囲も動ききれない。パスが正確に二本繋がると、ピンチを迎えそうな局面となる。


「あっ、まずい!」


 33分、鉢花が三本目のパスも通して交替で入った1年生FWの巽が抜け出した。GKの鹿海と一対一となり、久しぶりにスタンドの鉢花サイドが盛り上がる。


「おおっ!」


 しかし、鹿海の伸ばした足に当たって、ボールはコーナーキックとなった。



 鉢花サイドがようやく活気づく。


 キッカーは山岡。巻くボールを入れてくるが、武根が競り勝って防いだ。


「翔馬!」


 林崎が前に残っていた立神にボールを送った。


 立神の前にはスペースがポッカリ空いていて、瑞江も少し後ろから並走している。


 あっという間に50メートルほどを独走し、仕方なく大本を惹き付けて、隣の瑞江にパスを送った。


 後半、シュートを控えめにしていた瑞江もこれは打つしかない。



 スコアに遂に10点目が刻まれた。



 失点を覚悟していたら、一転して得点となった。


 しかも、ここ二週間ほど集中的に取り組んでいたセットプレーからのカウンターである。


「本当に出来過ぎだよ……」


 陽人はもう一度頭をかいて、鉢花サイドのベンチを見た。


 沢渡は天を見上げているだけであった。



 試合はそのまま終了した。


 整列をして挨拶した後、沢渡が近づいてくる。


 ここまで完敗してしまうと悔しさも薄れるのだろう。さばさばとした表情だ。


「お見事でした、完敗です。この後も頑張ってください」


 そう言って、真田に握手を求める。


「ど、どうも……」


 照れ笑いを浮かべながら、真田は握手に応じた。


 次いで、陽人の方にも寄ってくる。


「天宮君か。申し訳ないね。私の能力不足のせいで歯ごたえのない、つまらない試合をさせてしまった」

「いえ、とんでもありません」

「深戸学院との試合、楽しみにしているよ」

「はい。何とか準決勝まで行けるよう、頑張ります」


 握手をし、沢渡はそのまま控室の方へと歩いていった。



「天宮、どうやら沢渡さんも気づいたっぽいな」


 真田の言葉に、陽人も頷く。


 試合前は真田との会話が長かった。


 今は具体的な話を陽人にしていた。


 実質的な監督が誰であるか、沢渡は理解したのだろう。

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