10月1日 15:20

 ハーフタイム。


 出場選手も、控え選手も首を傾げながら戻ってきた。


「これだけ点が入るとはなぁ」


 予想外の前半に首を傾げたくはなるが、それでもリードしているのだから全員の雰囲気は明るい。


「前半はパーフェクトだったと思う。ここまで出来過ぎると後が怖い」

「リードが大きすぎて後半がやりづらい」


 園口が苦笑し、全員も頷く。


「ただ、こっちが格上だから勝っているわけでもないんだよなぁ。変に手抜きするとバタバタっと行きかねない。そこが難しい」


 それは陽人も同感であった。


 相手にはまだ残り二枚の交代枠もある。


 さすがに逆転されることはないだろうが、油断してしまうと大量失点の危険性がある。


「後半はプレスの起点をハーフラインまで下げてみよう。それで様子を見て、必要な修正があれば指示を出す。相手に退場者が出ているから、主審はこちらにも退場を宣告しやすいはずだ。当たりに行く必要はあるけれど、背後からのチャージは気を付けるように」

「了解」

「疲労はどうだ?」


 一同を見渡すが、この展開だと疲れもそれほど来ないものらしい。全員が「大丈夫だ」という反応を見せる。


「むしろ、ベンチで見ている方が疲れたかもしれん」


 道明寺の言葉にベンチ組が笑う。


「よし、行こう」


 修正点もないので、短く切り上げて後半へと向かっていった。



 ベンチに着いたところで、鉢花サイドが残りの交代枠を使うつもりらしいことに気づく。


「29番と30番か」

「両方一年みたいですね」


 メンバー表を確認した卯月が答える。


「俺達と同じか」

「経験を積ませるつもりでしょうか?」

「そうかもしれないけど、何とも言えないね」



 後半が始まった。


 鉢花は高い位置から仕掛けてくることはない。前半と同じくハーフウェーから10メートル後ろから守備を始めてくる。


 ボールを奪われたが、ダイレクトに前を狙わない。守備ラインで回しつつ、中盤へ回そうとしている。高踏側もプレスをかけない位置でしばらく回すので、自然とゆったりした展開になっていく。


 後田と話し合う。


「さすがに点差もあるし、点差についてはリセットして後半0-0くらいの意識でいるんだろうか?」

「そうかもしれないな」


 ボールを奪い返し、カウンター気味になる。


 右サイドから颯田がドリブルで突破し、瑞江に渡す。その瑞江はダイレクトで左サイドにいる稲城に回したが、稲城のシュートは浮いてしまった。



 しばらくの間、同じような展開が続く。


 鉢花は代わって入った1年の2人がミスをしてしまうが、高踏も決め切るという意欲はないので全体的にミスが増えてくる。


 お互いのミスが増えるにつれ、スタンドも含めて「このままでいいんじゃないか」という空気が広がっていく。


「ダレてきたな……」


 8-0というスコアを考えれば、ある程度は仕方がない。


 しかし、完全に染みついて、次の試合以降まで同じリズムになってしまうのはまずい。


 多少引き締める必要がありそうだ。


 ベンチから打てる手となると、交替だろう。


 前日、1試合まるまるプレーしている選手達ばかりだが、鈴原は昨日もプレーしているし、そろそろ替えてもいい頃だ。



「真治、純。交替の準備を……」


 と後ろを見た瞬間、スタンドから「おぉ」という声が聞こえた。後半、観衆が湧くシーンがほとんどないので、思わず後ろを向く。


 園口がボールをキープしたまま中に切れこんでいた。


 1人かわし、2人かわし、3人目をかわそうとしたところで足をけられて転倒した。


 陽人は主審を見た。一瞬迷った素振りをしてから笛を吹いた。


 展開を考えれば、これ以上高踏にPKを与える必要はないのだろうが、さすがにあからさますぎる倒し方だ。倒した伊東も悪意はないのだろうが、疲労もあるし雑に倒してしまったのだろう、警告が出される。



 園口は立ち上がると、芦ケ原と颯田を指さして叫ぶ。


「さっきから細かい動きをさぼっているぞ! セーブするのとサボるのとは違うからな!」



「……さすが全国を知る男は違う」


 園口の檄で緩んでいた空気が締まったように感じられた。


 ここにおいては自分の出る幕はなかったらしい。


 とはいえ、交替のタイミングとしては悪くないだろう。


 陽人はそのまま稲城を篠倉に、鈴原を戸狩に替えることを伝える。



 その直後、園口が自ら取ったPKを決めて9-0となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る