10月1日 14:53

 大溝は少し考えて、口を開く。


「おまえさんが天宮君に期待しているのは分かった。とはいえ、彼が卒業したらどうなるんだ? 大学にしても社会人にしても高踏の監督を続けることはできないと思うが?」

「そうですよ。高踏は監督がいなくなりますよ」


 結菜の言葉に、我妻が「あれ?」と首を傾げる。


「副監督の結菜が正監督に昇格すればいいんじゃないの? で、その後も後輩を」

「余計なことを言うなし」


 結菜が軽く肘打ちをくらわした。


 我妻は「解せぬ」とつぶやいた。陽人の次の監督を、結菜が担い、その次は更に下級生となっていけば繋がってはいくというのは我妻が言っていることではない。結菜本人が言っていたことである。


「そんなに定期的に変わっていたら、強くなれないんじゃないでしょうか?」

「どうでしょう? 毎年交替はともかく、3年4年程度で変えていくことにはメリットもあると思うんですよね。長期政権にも弊害はあるわけですし」

「……そうだとしても、高踏高校はそれを認めるのかね? おまえさんを連れてきたのは長期的な視点に立って強くしてもらいたいと思っていたんじゃないのか?」

「それがそうでもないんですよ」

「……?」



 藤沖は「ちょっと待ってください」と携帯電話で何者かとメッセージのやりとりをしている。それを確認したうえで話を始めた。


「高踏のサッカー部、今年からものすごく予算が増えたじゃないですか。あれ、聖恵せいえさんが出していたんですよ」


 結菜達も大溝もピンと来ない顔をしている中、新聞記者の滝原が反応する。


「県議会議員の聖恵正臣せいえ まさおみ氏ですか?」

「そのお兄さんですね。聖恵光臣みつおみ氏。リゾート経営の社長さん。で、彼の孫の聖恵貴臣たかおみ君が中学3年」

「うん?」


 中学三年という言葉に嫌な予感を感じたようだ。大溝が顔をしかめる。


「この子巧いんですよ。で、本人も何とかプロになりたいみたいなことを考えているんですが、いかんせん身長が144しかなくて」

「144? 私達でも160近くあるのに?」


 結菜と我妻がお互いの顔を見合わせる。大溝も険しい顔になった。


「その身長だと、成長障害かもしれんぞ。小児科に診てもらった方がいいんじゃないか?」


 藤沖が「まあまあ」とおさえる。


「実際診てもらって最終的には170を超えるだろうって言われているんですが、実際に今いるのは150ない子ですからね。これではプロや名の知れた強豪校はもちろん、普通のサッカー部でも使いづらい。そこで地元かつ卒業校である高踏高校に目をつけた」

「……そこで県議会議員の弟を伝手として、高踏に寄付してグラウンドを整え、監督も藤沖に変えて、孫が良い環境でプレーできるようにしたってわけか? 孫は可愛いというが、何ともまあ」

「そもそも、そんなこと話しちゃっていいんですか?」


 三尾新報の滝原が苦笑しながら尋ねるが、藤沖は小さく笑うだけだ。


「県議会でその旨を話して、それで寄付しています。こっそりやっているのではなくて、オープンな場での公式情報ですよ。県議会の議事録を見れば書いてあります。フェアな話ではないですけど、高踏は強くないし、そもそも部員すら満足にいないから別にいいんじゃないの? ってのは、ありました」

「……藤沖監督が事故に遭ったとはいえ、あれだけサッカー部にお金をかけた割に、総体もリーグも登録しないって何だろうと思っていましたが、学校的に今年は本当にどうでも良かったわけなんですね」


 結菜の言葉に、我妻も辻も「あ~」と合点がいった顔になった。


 寄付者の孫が入学する来年からの三年間が勝負。全てはその三年間。


 だから今年に関しては特に何も考えていない。ロクなコーチもつけていないし、学生が暫定監督をすることもあっさりと認めたということになる。


 となれば、後のことも、それほど大きく考えてはいないのだろう。



 状況は理解できた。


「そうなると、学校と聖恵家にとっては、今、高踏が快進撃するのは面白くないんじゃないのか?」


 高踏が弱いままなら、孫息子を優先して使っても大きな問題にはならない。それこそ藤沖が言うように「フェアではない」以外の問題はない。


 しかし、有名になってしまうと、そうもいかない。明らかに戦力でないような一年生が出ると支障をきたすのではないか。



「それに、そういう事情があるとなると、尚更、おまえさんの一存で『やーめた』と言うのも難しいんじゃないか?」





※おまけ

今後一体どうなるんだというのがどうしても気になる人のみご覧ください、な二年目の登録メンバー

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