10月1日 14:48
ハーフタイム。
三尾新報の滝原が、記事をノートパソコンに打ち込んでいる。
「『鉢花は序盤から勢いを欠き、途中交代の塚本の退場で完全にリズムを失った』。こんな感じですかね?」
「それでいいんじゃないの?」
話を向けられた藤沖は投げやりに答えている。
「高踏の正監督としては、どうですか?」
「正監督?」
藤沖がけげんな顔をした。
「この大会が終ったら、監督として復帰するんですよね?」
滝原の問い掛けに、呆れたように両手を広げた。
「そんなことをする意味があると思うのかい?」
「そんなことをする意味?」
「聞き方が悪かったかな。色々な当事者から見て、高踏の監督は藤沖亮介と天宮陽人、どちらがいいのか? 考えてみれば分かることだよ」
大溝が「どういうことだ?」と割って入った。
「まず、高踏高校にとってはどうですか? 既に三尾新報が記事にしていますが、学生が監督をやっているというのは話題になりますね。しかも結構いい成績をあげて頑張っている。ポジティブそのものな話題です。彼らは別に県有数の強豪を狙う立場でもないわけで、わざわざ監督を変える必要はない」
「それはそうだな」
「天宮君にとってはどうか。高踏高校は高い野望を持つチームではない。結果が求められるわけでもないから、好きなようにチームを作れるわけで悪い話ではない。では、この僕、藤沖亮介にとってはどうか。せっかくのポジティブな話題を中途半端な実績をタテにして摘み取ってしまう、周りからすると面白くない。結果、僕も非難される。彼をコーチにしたとしても、同じですね。もし成績が悪くなれば、WinWinならぬLoseLoseの関係になる」
藤沖と陽人とでは戦術志向が違う。経験のない陽人には藤沖の戦術を消化しきれるものではないから、コーチになっても積める経験は多くない。
そう説明し、藤沖は空を指さした。指さす先に太陽がある。
「ま、早い話、僕が事故って、天宮君がこのチームを指揮するのは運命だったんだと思うわけですよ。運命に逆らうなんてことは意味がありません」
「運命ねぇ」
「ついでに、今年の樫谷の成績を知ってます? 総体予選は初戦敗退、リーグ戦も二部に降格です。佐々木君は悪くない後任だと思っていたのですが、想定外にダメだったようで校長が泣きついてきているんですよ。できれば復帰してくれって。そういう意味でも僕にとって高踏の監督をやることは得策ではない」
「選手権は?」
大溝の問い掛けに「はっはっは」と藤沖は笑った。
「今、鳴峰館と試合をしてますよ。前半終わって0-5らしいです。試合前の僕の予想がこっちで反映されていますね」
「なるほど……。確かに高踏がうまくいっているのなら、古巣の方が気になるか」
「何より!」
藤沖がグラウンドを指さした。
「昨今の高校サッカー事情は明るくありません。能力のある子達はどうしてもJのユースチームに行きますし、ここ数年はヨーロッパ志向も強くなっています。高校サッカーに行きたいという子は少ない。ウチの県は更に酷い。隣に王国があるわけですので、県内の高校を選ぶ子も減ってきている」
「……」
「じり貧状態でライバルも少なくなっている中、突然出てきた革新的なサッカーを目指す現役学生というのは、卑近な言い方をすれば僕達にとっても救世主になりうる存在なんですよ。沢渡さんは不運でしたが、僕達もまさか高校生監督に負けるわけにはいかないから、もう一度ネジを締めなおしますからね。停滞した県サッカーに刺激を与えてくれる存在なんですよ」
「高校生で監督となると、将来的にはプロや日本代表もありうるしな」
大溝が言うと、結菜が「兄さんが日本代表監督?」と叫んで、大笑いする。「いくら何でもそれはないですよ!」と。
藤沖は真面目に頷いた。
「もちろん、そういう可能性だってあるかもしれない。そこまで先のことは分からないけど、僕らのことをいえば近年投げやりになっていたところもあった。鳴峰館の潮見も深戸の佐藤さんも、さっき言ったような県サッカーの環境の悪化を言い訳にしているところがあったし、僕はというと完全に諦めて高踏の監督を引き受ようとしていたわけだし」
再度、強い視線でピッチを見つめる。
「ウチの県は総体も選手権も優勝していない。僕達にとって優勝は悲願でもあるんですよ。高踏は今後強敵になる可能性が高い。だけど、未知の強豪は衰退しそうな県サッカーが一番欲していたものでもあるんですよ。篤志が『高踏の監督は叔父さんより天宮君の方がいいのでは』と言った時、それは悔しかったですよ。でも、僕は悔しいという気持ちも久しく忘れていたわけですからね。そう思わせてくれた相手を、どうして追い出さないといけないんですか」
だから、と藤沖は熱く締める。「このチームを率いるのは天宮陽人であるべきだ」と。
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