10月1日 14:44

 谷端篤志は、富田スタジアムのスタンドにいた。


 試合の登録メンバーからは外れているが、背番号をもらっているだけに他所の試合会場に行くことは認められず、チームの応援をしていたのである。



 前半終了間際で3-0。


 二軍メンバーということを考えれば無難なスコアだ。


 と、携帯電話が震えている。


 気にはなるが、最前列にいるだけに、携帯電話を取るわけにもいかない。


 せめてハーフタイムまで待ってくれよと思っていると、連続してバイブレーション機能が作動している。


(何なんだよ)


 少しイラッとなった。


 前半終了の笛が鳴り、周囲に合わせて拍手をした後、トイレに行く許可をもらって席を立ち、途中の廊下で携帯電話を開いた。


 予想通りの相手からであった。数分前から宍原からの通知が数件ある。


 どうやら高踏がリードしているらしい、と思った。そうでなければ急いで連絡してくるはずがない。


「それでもハーフタイムまで待てよ……」


 14:39という通知時刻に呆れてしまう。ベンチ外メンバーとはいえ、試合中に電話など見られないことは分かっているはずだ。


 もちろん、稲穂公園で規定時間より早く前半が終わったという事情は知りようがない。


 ブツブツとつぶやきながら、谷端は開いた画像に目を丸くした。


 慌てて電話を入れる。




『悪いな、前半中に。そっちはどうだ?』

「3-0でリードしているよ。それよりあの写真、本当なのか!?」

『本当だよ。こっちは8-0だ。鉢花が油断していたこともあったし、退場者が出た不運もあったが、途中から高踏がやりたい放題になっていた。後半は落とすだろうけど、全力で行ったら20点入るかもしれん』


 電話の向こうの声に絶句する。


『そっちが大丈夫そうなら、誰か派遣してくれないか? 準決勝は多分高踏だ』

「多分って、鉢花から前半8点なら絶対高踏だろ」

『……いや、次の試合は控え組使うかもしれんし』

「あぁ……」


 来週の三回戦と準々決勝も連日だ。


 主力を連戦で使うことは考えづらいから、三回戦は控え組を出すだろう。


 竜山院に3-1のチームだ。安心とは言いづらい。


『とはいえ、現状、準決勝で当たる可能性は高い。さすがに負けるとは思わんが、本気で研究しないとまずいかもしれん。この前半で自信もつけただろうし』

「分かった」


 谷端は電話を切ると、スタンドに戻る。


 コーチの津下直紀を見つけて話しかける。


「稲穂公園に宍原がいるんですが、エライことになっているみたいです」

「稲穂公園? どこがやっているんだっけ?」


 さすがに二回戦レベルだと、どの会場でどの高校が試合をしているかということまでは把握していない。


「鉢花が前半8点取られたらしくて」

「は?」

「鉢花が高踏に8-0でリードされているんです」

「おい篤志。冗談いうんじゃないよ」


 と言いつつも、県の本部に確認の電話を入れている。


「津下です。稲穂公園の鉢花は前半のスコアを聞きたいんですが……。0-8……。鉢花が負けているんですね……。えぇ、えぇ。試合展開は分からない? そうですか、ありがとうございます」


 電話を切って、津下はしばらく考える。


「宍原は調査した方が良いと言っていますが」

「それは分かるが、今から行っても試合が終わっている」

「あぁ」


 確かに富田から稲穂公園まで一時間以上かかる。


 津下は宍原に電話をかける。


「隼彦、いいところに居合わせたみたいだな。試合のレポートを取っておいてもらえるか? あぁ、頼む」


 電話を切って、スマートフォンで何かを調べ始める。



「ああ、そうか。藤沖先生のいるところだったのか。沢渡先生も油断したのならやられるかもしれないな」

「そうなんですけど、叔父は何もしていませんよ」

「あ、そういえば谷端は藤沖先生の甥だったんだな。何もしていないということは、誰がいるんだ?」


 津下の問いに、谷端は溜息をつく。


 長い説明をしなければいけないんだろうなと考え、頭が痛くなった。

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