10月1日 14:39

 右サイドで立神翔馬がボールを持った。


 緩慢なマーカーが近づいてきたところで、ボールを颯田に預ける。


 右から切れ込むと、ペナルティエリアやや外側でシュートコースが空いた。

 颯田が左足を振り抜いた。ジャストミートされたシュートが左側のサイドネットに突き刺さる。


 ゴールを確認すると、颯田は小さく右手をあげた。


 立神と鈴原がそれぞれ少しだけ近づいて「ナイス」と小さく声をかける。遠いサイド側にいる瑞江と稲城は淡々とした様子で自陣側に走っている。




「……100回打って1本打てるかどうか、ってシュートをこんなところで出さんでも……」


 天宮陽人の言葉に、隣の後田雄大が応じる。


「こんなシチュエーションだから、気楽に打てて入るんだろうけどね」

「……違いない」


 得点には違いない。陽人は少し前に出て、拍手を送る。


 その後、放心状態の反対側ベンチを見て、すぐにベンチに引き返す。


 ふと、スタンドの方を見た。


 結菜と我妻彩夏、辻佳彰を見た。その隣に深戸学院の控えゴールキーパー・宍原隼彦の姿も見える。大溝夫妻に、一度だけ話をした三尾新報の記者の顔も見える。記者はキーボードに入力していた。この試合を記事にするのだろうか。


 全員がどことなく居づらそうな顔をしていた。


 自分も、だ。



 3点目は良かった。この試合に勝てるかもしれないという思いになった。4点目で「勝てるだろう」と思った。


 点差の広がりとともにピッチのメンバーのパフォーマンスは更に上がってくる。


 6点目のアシストに至る園口の4人抜きや、今の颯田のシュートなどは練習でも見たことないような代物である。


 だが、ベンチにいる陽人は逆に余裕がなくなってくる。


 優勝候補を相手に前半だけで7得点。


 点を取るほどに気が重くなっていく。




「後半、どうするんだ?」


 後田が聞いてきた。


「どうしたらいいと思う?」

「……」


 後田は返答に窮した。陽人は真田を見た。


「真田先生、どうしましょう?」

「俺に聞くんじゃないよ。置物なんだから、さ」

「でも、先生は顧問だからインタビューがありますよ」


 これまでの試合でも、試合後に県サッカーの方から真田に一言、二言コメントを求められていた。


 真田の返答は「高踏の良いところが出たと思います」だけだ。それ以上は求められなかったし、そのコメントが出て気にする者もいなかった。おそらく、高踏高校の人間だって誰も見ていないだろう。


 しかし、相手が鉢花となると、そうもいかない。ましてやスコアが7-0なんていうことになると目立つことこの上ない。下手な発言をしようものなら、大変なことになってしまう。


「それは卯月さんに考えてもらっているから」

「先生が生徒にコメント考えさせます?」

「俺はサッカーのルール詳しくないんだし、変に作ったコメントしたら、相手に失礼になるかもしれんだろ」

「……そうですね」


 話をしていると、スタンドの方から大きな溜息が漏れた。


 監督としてはあるまじきことなのだろうが、別のことを話しているうちに更に1点追加されていた。


 ほどなく前半終了の笛が鳴った。


「あれ、まだ30秒あるのに?」


 時計を見ていたマネージャーの高梨が首を傾げた。向けられたストップウオッチは39:37から8になっている。まだ40分には至っていない。


 この試合展開ならばロスタイムが無いことは時々あるが、正規時間より短くするのはさすがに問題ではある。


 しかし、鉢花の面々は何を言うでもなく、うなだれながら下がっていく。


 陽人ももちろん、「もう30秒やるべきです」などと言う気にはならなかった。

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