10月1日 14︰18

 前半15分を過ぎた頃、スタンドから「鉢花、もしかしたらやばいんじゃないか?」という声が出てきた。


 宍原も同感だ。


 ここまで、高踏はシュートを5本打っているが、鉢花は0本。それ以前にチャンス自体作れていない。


 ピッチを縦に3分割した場合、高踏はファイナルサードに課題がある、つまり敵ゴール前での詰めが瑞江以外やや雑である。


 一方の鉢花はファイナルサードに届いてすらいない。その前段階で寸断されている。


「早く主力を入れないと、やばいんじゃないか?」


 という声があがるのは無理もない。


 とはいえ、前半15分、さすがにこの段階で交代というのも現実的ではない。


 鉢花の指揮官沢渡一幸もそう考えているのだろう。



 失点以降、鉢花の最終ラインはロングボール狙いを諦めて、中盤からダイレクトで前に出す狙いに変えてきた。最初は裏を狙っていたFWが中盤まで降りてきてボールを受け、そこから展開しようとするのであるが、林崎と武根の寄せが厳しく、狙い通りにいかない。


「あ〜、また取られた」


 近くの観客の言葉に宍原は苦笑した。


 高踏の1点目の時点では拍手喝采だった。「面白くなる」と思ったのだろう。そこから高踏が一方的に押していることで、中立派の心情が鉢花寄りになってきている。


 睦平のカットから、右サイドバックの立神にボールが回った。


 瑞江、稲城、颯田にはそれぞれマーカーがついている。鉢花は高踏より間延びしているため、プレッシャーをかけてくるのは1人だ。その前にスペースが空いている。


「おっ!?」


 立神はその1人を加速してかわすと、一気にゴール方向へドリブルで前進する。颯田がライン際まで開いたことで、空いた大きなスペースを突く。一瞬でトップスピードに乗り、マーカーをかわして最終ラインに迫る。


「速い!」


 観客席から度肝を抜かれたような声があがった。「伊東!」と大本が叫ぶ。ゴールに迫らせまいと伊東がゴール側のコースを切るように迫る。


 立神は縦に走ろうとするフェイントをかけたが、伊東もそこは動じない。

 次の瞬間、立神はファーサイドに向かって早い浮き球を送った。


「キーパー! えっ!?」


 もう1人のセンターバック佐藤が悲鳴のような声をあげた。


 先程まで視野に捉えていたはずの瑞江が、いつの間にかそこに駆け込んでいたのである。


 取ろうと前に出た大本の下に正確に蹴り込み、2点目が入る。



「当然だけど、あれだけディフェンダーの動きを把握していて、落ち着いて決めてくれるセンターフォワードがいるのも大きい」


 冷静に言う藤沖に対して、周囲からは嘆くような声があがってくる。


「鉢花、これ本当にまずいよ。高踏の連中、めっちゃ速い」

「高踏って、確か前樫谷の藤沖が指揮しているんだっけ。交通事故に遭ったけれど、復帰したのかな?」


 事情をよく知っているらしい観客が、藤沖の名前を出す。10メートルほど離れたところにいる藤沖は苦笑して、少し顔を伏せるような仕草をした。


「でも、樫谷ってこんなサッカーしていたっけ」

「そもそも、ベンチにいるのは違う人っぽいぞ。テクニカルエリアにいるのは選手のようだし」

「選手がテクニカルエリアにいるって、どういうこと?」

「学生コーチかマネージャーなんじゃないのか?」

「いや、でも、背番号8つけてるぞ」

「あ、本当だ」


 観客の声には無数のクエスチョンマークが含まれている。


 誰も知らない高踏高校がどうして名門・鉢花を圧倒しているのか?

 何故、選手らしい人物がテクニカルエリアにいるのか?

 藤沖が復活したのか?



 そうした疑問は、しかし、ピッチサイドの動きを見て一回保留となる。


「さすがにこうなると替えざるを得ない」


 23と26が掲げられていた。三戸田と幸田がうなだれ、その後思い直したかのように駆け足で下がってくる。


 代わって、ピッチサイドに立つ背番号10の石島大輝と14の塚本龍霞が下がる2人とタッチをして中に入った。


「これで、流れがどう変わるか。塚本君の獲得が決まっているエキーペの人達も気になるところだろう」


 藤沖は楽しそうに言った。

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