9月30日 15:44

 後半開始とともに結菜が「あっ」と小さな声をあげた。


「下げてきたな」


 宍原が反応する。


 後半開始と同時に、高踏はプレッシングの起点を明らかに下げてきた。


「さすがに後半開始時点だからバテたということはないだろうから、ちょっとした様子見かな」


 ともあれ、自陣内では竜山院もボールをキープできるようになった。


 といっても、ポゼッションやパスワークで攻めるということはしない。ロングボールを蹴りだし、前が合わせようとする。



 ところがそのボールを石狩がクリアミスをした。


「げげっ!」


 宍原が悲鳴をあげた。


 ミストラップしたボールが竜山院の中盤の前に落ちる。再度蹴りだしたボールにFWが反応して、フリーでシュートを撃つ。


 宍原が思わず「やばっ!」と叫んだそのシュートは、しかし、須貝が真正面で難なくキャッチした。


「おおぅ、良かった。というより、あいつ、北日本短大付属戦でも良かったよな」


 須貝は北日本短大付属との練習試合で、後半から出て来て結果的には3失点である。しかし、GKの責任といえる失点はなく、他に打たれたシュートは確実に防いでいた。


「今もコースを完全に見切っていましたよね」

「ああ。鹿海と比べる地味だが、シンプルに守る能力は須貝の方が上かもしれないな」



 後半最初のシュートを打ったことで、竜山院が少し前に出て来た。


 しかし、攻め方はロングボールをFW目掛けるだけで単調である。それでも1年しかいない高踏の選手相手にフィジカルで上回れれば可能性もあるが、その部分でも見劣りしていた。


「おっ」


 相手がミス気味に蹴ったロングボールに追いついた石狩から道明寺、鈴原とショートパスを早いテンポで繋ぐ。前に意識が行っていた竜山院は反応が遅れ、その隙をついて相手ラインの後ろにボールが出た。


 抜け出した鹿海が独走して、ゴールを目指す。


 長身で鈍重そうに見える鹿海だが、ストライドが長いので見た目以上に速い。


「決めろ!」


 というスタンドとベンチの願いを受けて放たれた右足からのシュートは、しかし、相手ゴールキーパー大石の右足に当たって、そのままゴールラインを割った。


 一斉に「あ~」と天を仰ぐが、宍原は気を取り直す。


「いやいや、この試合に関してはエリア内でフリーになるよりも、コーナーキックの方がチャンスだからな」

「確かにそうですね」


 結菜達も苦笑しながら頷いている。



 左サイドからのコーナーキック。キッカーは戸狩である。


 左サイドでも右サイドでもこの試合は彼が蹴っている。


 既に2失点しているため、竜山院サイドも鬼気迫る様子で声を出している。特に鹿海と櫛木にはマンマーク気味に激しくついている。


 戸狩は左手を大きくあげた。


「あれ? あいつ、前半は右手をあげていなかったか?」


 宍原が言った途端、戸狩は小さく蹴りだした。


 ショートコーナー。


 竜山院の面々が一瞬ボールに目線を向けた。


 その隙に鹿海と櫛木がポジションを入れ替え、鈴原がクロスボールをあげる。


 ニアサイドに移動してきていた櫛木がフリーでヘディングした。逆をつかれたゴールキーパーはその場で飛び上がって手だけ伸ばすが、ボールはその遥か先のネットを揺らした。


「おぉー、いいねぇー!」

「やった! 3点目!」


 宍原と我妻が叫んだ。



 その後も高踏はしばしばチャンスを作るも、結局決め切れることはできなかった。


 一方、竜山院も攻め方の雑さは改善されず、選手交代を挟んでも同じだった。


 終了間際、大分疲れてきたところで道明寺がPKを与えてしまい、これを決められて3-1とされたが、そのまま逃げ切って勝利。



「ふいー」


 サブ選手主体で初戦を乗り切るという目標は達成された。


 明日は二回戦・鉢花戦だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る