9月30日 14:48
前半終了の笛が鳴った。
スコアは2-0。
13分の鹿海に続いて、30分にCKから櫛木がヘディングで決めている。
20人ほどの竜山院サイドと思しき面々はお通夜ムードだが、4人しかいない高踏サイドもあまり明るい雰囲気ではない。
「あれだけ決定機があって、2点かぁ」
宍原が溜息交じりに言った通り、シュートを外し続けたという印象がぴったりの前半であった。
もちろん、全ての決定機を得点に結びつけるのは不可能であるが、半分でも決めていれば5-0になっていたはずだ。
「公式戦故の硬さなんでしょうか」
「それは分からんけど、後半疲れてきたところに失点食らったら、主力も出さないといけなくなるからなぁ」
これも全くその通りである。
田坂高校ほど極端に守備一辺倒ではないが、相手の脅威が低いために運動量自体は抑えられている。それでも高い位置からプレッシングをかけ続けていたため、後半になると落ちてくるはずだ。
「まあ、中々決まらない時というのはどうしてもあるから、仕方ないんだろうけれど、勿体ないなぁ」
宍原は再度スコアボードを見て、再度ぼやいた。
スタンドにいる4人から、およそ10メートル下にある高踏の控室では、三人のFWが申し訳なさそうに座っている。
「すまん……」
鹿海、櫛木、篠倉、全員が少なくとも一回は絶好機を外している。
「気にすんなって。リードしているんだから」
瑞江が三人の背中をバンバンと叩いて回る。
「グラウンド状態も良くないし、ミスっても仕方ない」
「それはそうなんだけどなぁ」
鹿海が目を閉じて大きく息を吐く。
春日山公園陸上競技場のピッチはお世辞にも良いとはいえない。特にエリア内はかなり酷い。
グラウンダーのボールは明らかに不規則なバウンドを繰り返し、どうしても蹴る際にズレが生じる。とはいえ、浮き球のクロスを送るには中にいる人数が多すぎる。
「ミスしまくったエリアが後半は味方してくれるさ」
瑞江のノリは軽いが、一方で彼が後半に何本かシュートを浴びることを想定していることも意味していた。
その際、荒れたピッチが今度は相手FWのミスを誘発するだろう、と考えているのだ。
陽人の認識もほぼ同じである。
「達樹の言う通り、ゴール以外の部分は十二分にできている。焦っても点が入るわけではないし、とにかく落ち着いていこう」
「後半も前から行くのか?」
久村が尋ねてきた。
わざわざ尋ねるということは、後半40分はとてももたないぞということも意味している。
「段階的に下げるか、それとも最初下げてみるか?」
「うーん」
陽人は少し考える。
「2-0は危険なスコア」という言葉がある。
そこから1点を返された場合、リードしていた側が慌ててチームを崩してしまい、気づいたら同点、更に逆転されることがあるという箴言である。
統計上はそのようなものはない。2-0からの勝率は圧倒的に高いのであるが、そういう言葉が生まれるくらいには逆転の可能性があるということだ。
陽人の頭に最初に浮かんだのは、「おまえはどう思う?」と聞き返すことであるが、言おうとした寸前でやめた。
ここは自分が決めなければならない。久村に聞いてそれを容れてしまうと、仮にうまくいかなかった場合に久村の責任になりかねないからだ。
「少し落としてみよう。ハーフウェーライン若しくは相手FWにボールが入った時点をスタートとしてプレッシングに移ることにしよう」
陽人はプレスの起点を下げるという回答を出した。
下げてしまうということは、相手を受けて立つことになる。
レギュラー組ならまだしも、サブ組でそれをやった場合に失点から「2-0は危険なスコア」の典型パターンに陥る可能性は少なくない。
しかし、前半の様子を見る限り、相手に畳みかけられる可能性は低いように思えた。
相手もリードを取り返さなければいけないということは分かっているから、こちらが下がれば出て来るだろう。
そこでボールを奪えば、カウンターのチャンスを見いだせるかもしれない。
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