9月30日 14:13
春日山公園陸上競技場。
その古びたスタンドには、この日、およそ30人の観衆がいた。
「地域予選と比べると三倍くらいには増えたわね」
結菜がスタンドを眺めまわして苦笑する。
確かに人数が増えたとはいえ、どちらの高校も応援団その他の面々は来ていないのは地域予選の時から変わりがない。
来ているのは、一応鉢花の関係者らしき者が二人と。
「よう!」
個人的な知り合いである宍原隼彦くらいである。
残る面々はおそらく竜山院のOBかサッカー部関係者のようだ。
一般人や通行人が「見よう」と思うような試合ではない。
既にメンバーは発表されており、予定通りである。
GK:須貝康太
DF:曽根本英司、石狩徹平、道明寺尚、南羽聡太
MF:戸狩真治、久村護、鈴原真人
FW:櫛木俊矢、鹿海優貴、篠倉純
14時ちょうど、高踏のキックオフで試合が始まった。
鹿海のキックからボールが素早く回り、選手が前に出る。
その瞬間、数少ない観客から「えぇ?」という戸惑いの声があがった。
「うひゃあ、改めて見ると、すげえ最終ラインだな」
高踏がそういうコンセプトで戦っているということは宍原も知っている。
とはいえ、実際に最終ラインがハーフウェーあたりまで出て来ると壮観だ。
自陣にいるのはGKの須貝ただ一人。しかも、その須貝ですらペナルティエリアを出た中間地点あたりに位置している。
「ありゃ、竜山院の奴ら、あそこだとオフサイドだが分かってないのかね?」
一方、竜山院高校のFW鈴木と村本は高踏陣内にいる。須貝の前20メートルほどの位置にいる。高踏のDFは全員相手陣にいるから、そのままの位置で受ければオフサイドだ。
「取ったら、自陣まで戻るのではないですか?」
我妻が答える。
仮に最終ラインより前にいたとしても、自陣側からのスタートならオフサイドにはならない。
宍原は苦笑いを浮かべた。
「いやぁ……、そんな工夫ができるなら、四部ってことはないだろう。多分気づいてないんだろうな」
そういうルール自体は知っているだろう。
とはいえ、最終ラインをハーフウェーに置くチームというのは、最上位チームでもいるかいないかというレベルである。彼らにとってはその位置がまずいなど、思いもしないのだろう。
実際、数分後にオフサイドを取られて、相手FWはきょとんとすることになる。その後、竜山院ベンチからのアドバイスを受けて、慌ててハーフウェーより後ろ側に下がることになった。
前半開始から程なく、ペースは一気に片方に傾いた。
高踏はボールを失うと、その場でプレスを開始し、前から圧力をかけてくる。
竜山院はこれに完全に面食らってしまい、高踏側のミスでボールを手にしてもすぐに失ってしまう。
鉢花の偵察員らしい二人もこれは新鮮なのだろう。ピッチを指さしつつ、動画を撮り始める。
「この勢いのままに早く先制点が欲しいな」
宍原にとっても、結菜達にとっても高踏ペース自体は予想通りであるが、レギュラー組ではないので万全の安心感はない。
スタミナが続いて圧力をかけることができる間にリードを広げたいところだ。
しかし、10分もすると竜山院側がボールを回すのは難しいと見て全員が下がってしまった。二人のFWも更に下がってくるし、追い込みを始めてくる。
宍原は舌打ちする。
「こうなる前に取っておきたかったな……」
陣形は高踏の方が15メートル近くコンパクトで、主導権は離していない。
だから、あとはシュートとゴールだけであるが、最後の局面では竜山院も人数をかけて踏ん張り、中々好機が訪れない。
「竜山院は守備一辺倒になってきたな」
「ただ、守備重視でも田坂高校よりはしっかり動いていますし、まさかの可能性があるので油断はできないですね」
「田坂は知らんけど……。お、コーナーだ」
戸狩の突破が流れて、コーナーキックとなる。
「セットプレーはレギュラーより強そうに見えるな」
敵陣の中には長身ぞろいだ。193センチの鹿海、187センチの篠倉、179センチだがガッシリしている櫛木に道明寺も同じくらいの背丈がある。
戸狩の右足から巻くようなボールが入ってくる。一斉に動き出す中、ニアに飛び込む鹿海の動きが一歩早い。高い打点から僅かに頭を振ってヘディングすると、ゴールキーパーの下を抜けて入った。
先制点。
「やっぱりセットプレーは怖いな。というか、ゴールキーパーだけどヘディングの方が巧いんじゃないか、あいつ……」
宍原のツッコミに、結菜を含めた三人も「確かに」と頷いた。
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