9月16日 8:10
県予選一回戦まで残り二週間となった。
この日、練習前のミーティングで、陽人はファイルのようなものを取り出した。
当然、全員の視線がそのファイルへと向けられる。
「残りの二週間は、フォーメーション練習を減らして、その分をセットプレーの練習にあてたいと思う」
「あ~、確かに俺達、セットプレー専門の練習ってしてないな」
瑞江を皮切りに、全員が頷く。
始めの頃に未経験者組に基本を教えるための練習はしていたが、それ以降はキッカーが蹴って、それ以外が何となく合わせるという感じである。
右では立神、鈴原、戸狩。左では瑞江と園口というキッカーがいるだけに、短時間でもっとも進化できる部分はセットプレー周辺と言えた。
「サッカーの得点の30パーセントくらいはセットプレーから生まれるって言うしね。逆もまた真なりで、コーナーキックやフリーキック守備について徹底できていないところもある。セットプレーに関してはお互いイーブンだから主導権も何もないし、セットプレー対策はしっかりしていくしかない」
「そのファイルは、何なんだ?」
「これは辻君が作ってくれたセットプレーの案と、あとは深戸の谷端からもらった鉢花高校の何個かのパターンだ。もっとも、仮にウチが鉢花と対戦するとして、彼らがレギュラーを出してくるか疑問だから、参考にならないかもしれないけどね」
陽人はそう言って、舌を出す。
「昨日、彼と話をしていて、セットプレー対策もうちょっとしっかりした方が良いですよと言われて、ね。確かに残り時間でオープンプレーでは長足の進歩はしづらいけど、セットプレーは色々できそうだ。FKとCKはもちろん、スローインもだね」
「ロングスローとか?」
瑞江の言葉に全員が頷いた。
高校サッカーではロングスローも非常に多い。それを武器に勝ち上がってくるチームが全国レベルでもある。
ロングスローの多用については結果重視の作戦と批判されることも多いが、高校サッカーでしか見られないものというわけでもない。プロレベルでも使用されている。
イングランドでは2000年代にロリー・デラップが名を馳せて以降、時々強力なロングスローワーが現れている。
代表レベルでもアイスランド代表が積極的に使用して、その甲斐もあって2016年の欧州選手権に出ることができた。
40メートルを超えるスローインがあれば作戦の幅は広がっていく。
結果重視と言われても、試合中に利用できる局面が多く想定できるのだから、やれるならば生かした方が良い。
「ただ、ゴールに近いロングスローよりも、自陣から速く長いスローインでサイドを突破することができないかなと考えている。翔馬と英司は割と長いのも出せるし」
左サイドの曽根本、右サイドの立神がスローインをすぐに取って、速く長いスローインを出せれば、ちょっとしたスルーパスのようなものになるのではないか。
ファイルを使って行う説明に、一同が頷いている。
「ま、プロの試合のようなスムーズなマルチボールシステムではないし、一試合に一度、二度くらいしかチャンスはないだろうけれど、意識としては置いておこうという感じだ」
「分かった」
「あとはCKやFKの守備からの反転速攻。これは実際に狙える局面があると思うから狙っていきたいね」
レギュラーチームの前線には長距離を走っても颯田と稲城、立神という三人がいる。自陣から50メートル60メートルを駆け抜けるだけの馬力があり、そこからシュートも打てる。
「逆に、こちらのFKとCKの時には、きっちりシュートで終わらせないとカウンターを食らう危険性がある。前にもいったと思うけど、こちらのCKやFKの時には外しても良いからとにかく打って終わろう」
サッカーの経験が浅い稲城、南羽、櫛木の方を見て確認する。
「じゃ、それぞれのプレーやフォーメーションに関してはこれから練習していく中で覚えていこう。ミーティングは以上。他に何かある?」
陽人は全員を見回した。
特に意見はないようだ。
「よし、では、スタートしよう」
この日の練習が始まった。
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