9月9日 18:15

「深戸学院はどうですか?」


 我妻の問いかけに、宍原は笑う。


「それはもちろん、四年連続の選手権を狙っているに決まっている」


 続いて、谷端が応じた。


「鉢花には総体予選も含めて基本的には勝ってきているからね。負けた試合には安井さんと下田さんがいなかったし」


 安井達之やすい たつゆきは深戸学院の中盤の要の存在だ。Jチームからの誘いは無かったようで進学が濃厚と言われているが、鉢花のエース・塚本に負ける存在ではない。


 一方、二年生の下田竜也しもだ りゅうやは鋭い突破力を持つ右ウィングだ。


「確かにその二人がいないと厳しいですね」

「だから、正直鉢花に負けるとは思わない」

「鉢花に勝つ可能性がどのくらいあるのか分からんが、高踏が上がってきた方が厄介かもしれん」


 谷端の言葉に宍原が応じた。


「またまた~」

「いや、本当だよ。あの高速プレスは初見だと本当にきつそうだからね。さすがに勝ち負けとなれば深戸が勝つだろうと思うけれど、結構接戦になる気はする。選手権が終わったら新人戦に向けては、真面目に対処策を考えないといけない」


 現状、深戸学院において宍原は第四ゴールキーパーであり、登録から外れている。


 一方の谷端は背番号26で登録メンバーには入っているが、レギュラーはまだ遠いし、ベンチ入りメンバーも一人、二人が欠場しない限り苦しい。


 そのため、チームに対して話す時もやや他人事のきらいもある。



 しかし、一年生しか出られない新人戦では別だ。宍原も谷端も深戸学院のレギュラーとして出場することになるだろう。


「正直、一年生ばかりでずっと練習してきている高踏は、新人戦では相当厄介な相手だと思う」


 谷端の言葉に世辞という様子はない。


 それは結菜と我妻を満足させるものではあったが、結菜はもう一言忘れない。


「新人戦では、じゃなくて、新人戦でも、と言わせたいですね」

「ハハハ、そうなると本当に厄介だ」


 谷端も宍原も笑う。


「ベンチ入りメンバーになれば別だけど、そうでない場合は鉢花と高踏の試合を見に行くつもりだ。こいつはどの道ベンチに入れないから、無条件でそっちの試合を見に行くはず。力仕事があるなら使ってやっていいよ」

「おい、何で篤志に決められないといけないんだ」


 と文句を言う宍原だが、結菜と我妻が「お願いします」と言うと調子のいい笑いを浮かべて「任せておけ」と言っている。



 駅で別れた後、バスに乗る二人が話を始める。


「選手権が終わったら、もう少しボールのとりどころを考えた追い込みをやってみたいのよね」


 結菜の提案に、我妻はけげんな顔をする。


「ボールのとりどころって、陸平さんに取らせるとかそういうこと?」

「そういうのじゃなくて、レギュラーチームに関しては稲城さんも颯田さんもプレスが速いでしょ。その際に、サイドへのパスコースを切るようにプレスをかけて中に出させるの。で、中で取ったら、ゴーって感じで」


 我妻はピンと来ない様子である。


「それは、今までと何が変わるの?」

「中央で奪えたら、一気に行ける可能性が増えるわ。今のところは、サイドから崩して反対サイドに返すか瑞江さんの個人技に頼るケースが多いでしょ。中から一気にスルーパスが出せる分、ゴールが近くなるわけ」

「ふーむ……。でも、その場合は取れないと逆にピンチにならない?」


 中央に激しくプレッシャーをかけて、仮にかわされたら、逆にこちらが一気に陥れられることになりかねない。


「もちろん、リスクは高くなるわ。だから、いつでもやるわけじゃなくて、追いかける展開とかでやってみたら良いと思わない?」

「なるほど……。まあ、大分完成度が上がった感じはあるものね。でも、新人戦はともかくその後は一年生が入って来るわよ。そうなると、また一から教えないといけないし、一年からスタメン入る人がいたら、そうした人達も含めて完成度を上げ直さないといけないし、そこまで練習できる時間があるかなぁ」

「む、むむぅ……」

「案としては悪くないと思うんだけどね。高踏でやるのは無理っぽいと思うけど」

「そうね……」



 話は今日の原点へと立ち戻る。


「竜山院についてはどう報告するの?」

「うーん、弱いと言うと油断するかもしれないし、見られなかったということにしておくわ」

「ということは、私達、来なくても良かったわね?」

「そういうことはないわよ。とりあえず、この相手に負けないだろうと私達が安心できるわけだから、それが一番重要よ」


 結菜の言葉に、我妻は苦笑する。


「それに、深戸学院の二人も警戒しているということは、ひょっとしたら、鉢花相手にもいい試合ができるかもしれないって分かったわけだから」

「ああ、確かにね」


 先ほどの会話を思い起こしたのだろう、我妻も笑みを浮かべた。

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