9月9日 17:20

 私立竜山院高校は企業城下町・福田市の東端に位置している私立高校である。


 高踏高校の所在地からも近く、バスであれば20分程度の距離である。


 今、その試合を双眼鏡で覗き込んでいる女子が二人、グラウンドの端にいた。



 天宮結菜と我妻彩夏である。


「……結菜、これ、どう思う?」


 小声で我妻が尋ねる。


「あの馬鹿配信者、何を見て『竜山院が勝つに決まっています』なんて言ったんだろ」


 憎々し気に返答する結菜に、我妻は苦笑した。


「結菜、まだあの件を根に持っているの?」

「そりゃ根に持つわよ。見てから言えっての。でも、単純に見る目のないバカだったのかもね。私立だから、公立より強いって決めつけていたんじゃない?」

「それはあるかもね。でも、竜山院はスポーツ校じゃなくて、進学校だものね」



 竜山院が所属しているリーグは地域予選より二つ上である。


 県の4部。八強クラスのCチームあたりとは試合をしているはずで、全くレベルが低いということはないだろう。


 とはいえ、ザッと見る分にはたいしたことが無さそうに見えた。


「これだという個人もいなさそうで、戦術練習も曖昧な感じ。正直、レギュラーじゃなくても余裕で勝てそう」

「実は隠しているものがあったりするとか?」

「四部のチームが、高踏相手にぃ?」

「……確かに」


 我妻も同意する。


「この相手なら、多分勝てるよね」

「多分じゃないわよ。絶対よ」

「オウ、ラジャー」


 結菜の確信めいた言葉に、我妻は敬礼をして応じた。



 15分ほど練習を視察した後、どちらともなく「帰ろうか」と言い出す。両者ともこれ以上観ても得るものは何もなさそうだと判断したのだ。


「このまま真っすぐ帰るのもつまらないし、吉橋の方でも行ってみない?」


 我妻の誘いに、結菜も「いいわね」とあっさり飲んだ。


 もう何ヶ月も勉強とサッカーばかりの毎日が続いている。時にはリフレッシュしたい。



 バスに一時間ほど揺られて、吉橋についた。


 駅前の本屋や商業施設をぶらぶらと歩き、ムーンバックスでカフェラテを飲む。


「あれ、君……」


 唐突に声をかけられた。


 ナンパはお断りとばかりに、二人が険しい視線を向けるが、相手を確認して一変する。


「あれ、深戸の谷端さん?」


 高踏監督・藤沖の甥で、学校にも二度ほど来ている谷端篤志であった。


「どうしたの? 中学生二人が遠出は良くないなぁ」

「遠出じゃないですよ。偵察帰りです」


 偵察という言葉に谷端が目を見張った。


「あ、もしかして、竜山院の偵察に行っていたの?」

「はい。もしかしたら強いのかなと思って」


 谷端は一笑に付す。


「大丈夫でしょ? 竜山院なら高踏の二軍でも勝てるよ」


 極めて明快な答えが返ってきた。二人が思わず「そうですよね」とにこやかになる。


 谷端は逆にそこから沈鬱だ。


「でも、その後が鉢花でしょ。ついていないよね」

「そうですか? むしろ、体力があるうちに鉢花とできるから、ラッキーくらいに思っていますけれど。高踏の実力を図る格好の相手じゃないですか」


 結菜がはっきり言って、谷端も「それも確かに」と頷いた。



「鉢花はやっぱり強いですか?」

「強いよ。リーグ戦で深戸も負けているし」

「おぉぉ」


 二人のみならず、大抵の者にとって県内というレベルでは最強は深戸学院という認識である。その深戸に勝つ力があるとなると、やはり強いと認識するしかない。


「ただ、高踏相手だとフルメンバーでは来ないかもしれないね」

「……あぁ、そうですね。それはありそうです」


 地域予選をそれなりのスコアで勝っているとはいえ、鉢花にしてみれば五つも下くらいのカテゴリーにいるチームという認識だ。


 彼らの目線は準決勝で当たるだろう深戸学院、あるいは八強で当たるだろう第五シードの松葉商業戦までは「仕方なく試合する」くらいの認識だろう。


「だから、主力のいない前半のうちに慌てさせて、何とか塚本、石島、木原さんあたりを出させたいところだね」

「あぁ、その名前は編集者動画でも見ました」

「あの動画見ているの?」


 谷端が意外そうな顔をした。


「結菜ちゃんも我妻さんも受験でしょ。練習を見ていて、動画サイトまで見るのは感心しないよ」


 そう言いつつも谷端も知っていることは隠さない。


「ただ、ある程度参考になるのは事実だよね。編集者は鳴峰館出身らしいけど」

「そうなんですか? 高踏が竜山院に勝てるはずがない、とか言われて結構頭に来ていました」

「そんなことを言っていたんだ?」

「言っていますよ」

「あの二時間くらいあったやつかな……。さすがに高踏までは見ていなかった。今度見ておくよ」


 と、谷端が言ったところで「お、両手に花か?」とこれまた聞きなれた声がした。



 見上げると、深戸学院の一年生GK宍原隼彦の姿があった。

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