9月2日 16:00
後半30分を過ぎ、スコアは6-0となっていた。
前半、更に1点を追加して3-0で折り返し、その時点で勝利そのものは見えていた。
陽人は後半からメンバーを変えることも考えたが、「ひょっとしたら、ハーフタイム後の後半に相手が仕掛けてくるかも」と躊躇し、そのまま臨んだが後半になっても展開は変わらない。
瑞江が自身3点目となる4点目をあげて、更に立神がフリーキックからもう1点取ったところでお役御免、後半15分で交代4枠を使い、陽人自身もピッチの中に入っている。
時間が少なくなり、相手は何をしてくるのか。
1年しかいない自分達とは違い、田坂高校には3年生も多い。彼らにとってはサッカー部での集大成となるべき試合のはずだ。
最後の最後くらい、自分達が培ったものや、得てきたものをぶつけても良いのではないか。
何もなかった。
後半40分になっても、6失点を喫しても貝のように閉じこもっているだけである。
ロスタイムはほとんどない。取っても無意味だろう。
試合終了のホイッスルが鳴った。
ホイッスルと同時に、田坂高校の何人かの選手がその場に崩れた。
泣いている学生も数人いる。
ということは、悔しいわけだし、できるだけのことをしたということだろう。
本当にそうなのだろうか。陽人は不思議に思う。
高踏は高木北にも漆原工業にも1失点を喫している。
大量リードの終盤に気が抜けた、さすがに疲労した、イタリアのアマチュア的な「圧勝しているなら相手に1点くらいあげた方が良いんじゃないか」みたいな気質、それらがないまぜになったものである。
田坂高校はここまで試合のことを知っているはずだ。だからこそ、「高踏の得点力には普通にやっても太刀打ちできない」と最初から守り一辺倒だったのだろう。
それならば「少なくとも1点は取れる相手だ」とは考えなかったのだろうか。
とはいえ、整列と挨拶が待っている。あまり不満げな顔をするわけにもいかない。
「ありがとうございました!」
整列の後、ベンチへと戻る。
「どうした?」
日頃は何も言わない真田が声をかけてきた。
「6-0で勝ったけど不満なのか? 求めるものが高いなぁ」
冗談めいた口調である。
「僕達の方には不満はないですよ。いや、全くないわけではないですけど」
「だろうな」
「……うん?」
「俺はサッカーに詳しくないけど、相手は何をやっているんだろうと思った。終わった後、向こうの選手が泣いているのを見て、申し訳ないけど、あれだけ消極的な試合運びをしていても悔しいのだろうか、と思ってしまった」
「……」
「ただ、俺も数年教員を経験したから分かるけど、顧問って楽しいものでもないし、ずっと続く苦痛みたいなものだ。一つや二つ勝っても給料が増えるわけでもないし、逆に仕事が増えるだけで面倒になるだけだ。そうやって10年20年惰性で続けていくうちに、天宮のようにチームを良くするにはどうしようとか追求しようなんて考えなくなるんだろう」
「何だか悲しい話ですね。それなら」
学生がもっと主体的に、と言おうとするが真田に制される。
「じゃあ学生はどうなんだということになるが、天宮にしても、俺が監督として仕事をしていたら、俺を無視してメンバーだけで好き勝手なサッカーをやることはなかっただろう?」
「……まあ、そうですね」
「そういうことだ。ま、思うところがあるのは分かる。俺もここまではっきりとしたものを見たことはなかったから、終盤考えていたよ。ここだけの話じゃなくて、日本中いたるところにあるんだろう、とな」
「せっかくやっているのに何とも残念ですね」
しばらく黙っていた真田が再び口を開いた。
「それを少しでも良くするためには」
「良くするためには?」
「ウチが全国に進むしかない。学生が考えても全国に行けるんだって、示すしかないな」
「そんな無茶な」
「無茶かどうかは分からんだろう。無茶なんて言ってやめるなら、程度の差こそあれ、彼らと変わらないじゃないか。可能性がゼロでないなら挑戦する。それで初めて、彼らに対して『そんなやり方は残念だ』と言えるんじゃないのか?」
「むぅ……」
確かに真田の言う通りではある。
「でも、先生は何もしてないですよね」
「そうだ。だからこそ、天宮達が勝ち進んだ時により価値があるわけだ」
「えぇぇ……」
それは何か違うのではないか。
そう思ったが、口にすることはなかった。
高踏 6-0 田坂
得点者:瑞江3、稲城、立神、芦ケ原
卯月メモ:稲城さん初ゴール! 加えて無失点勝利で本選出場!
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