9月2日 14:18

 15分が過ぎ、スコアは1-0のままである。


 リードされている田坂高校は、引き続き全く前に出る様子がない。


 ほぼ全員がペナルティエリアの中にたてこもり、ほとんど出てこない。


 ボールを保持したらロングキックを狙うが、そのほとんどはミスキックばかり。しかも前線は追う素振りも見せない。


 ハーフコートで回してミスして蹴り戻され、また回して……の繰り返しだ。


「このまま残り時間一杯やり続けるのかなぁ」


 後田が言う。


「そうかもな」


 陽人は答えて、相手ベンチの方をチラッと見やった。


 60前後くらいのワイシャツにネクタイ姿の監督が座っている。視線は所在投げで試合に集中しているように見られない。


(これまでの試合もそうだったけど、地域予選敗退チームくらいになると、サッカーを研究しようとか勉強しようっていう気が、教師にないのかな……)


 北日本短大付属の夏木や五十嵐は試合中にメモをとったりしていたが、そんな素振りもない。上の空という様子であるし、ベンチの選手達も真剣に応援している様子がない。


 形だけ顧問という点では、高踏の真田も大差ないが、それでも真田は分からないなりに集中はしている。


 そうした様子が何もない。やる気の無さしか見えてこない。


 真剣に考えているこちらが虚しくなってくるほどだ。



 ふと、四月のことを思い出した。


 甲崎は「君達と上級生が一緒にやっても良いことにはならない」と言って、二年と三年をほぼ引退状態にさせた。非常にやりやすい環境になったが、もし、一緒にやっていればこうした光景が垣間見られたのかもしれない。


(甲崎さんの選択は本当に良かったのかもしれないなぁ)




 再度、ピッチに目を向ける。


 陸平からのボールが稲城に回った。


 稲城はボールがない状況では、詰めるのもフリーランニングも秀逸だ。しかし、サッカー転向五か月ではドリブル技術には限界がある。


 相手に引かれるとつっかけて抜くということができない。結果、これまで数回、ボールを受けてもそのまま後ろに下げることが続いていた。


 今回もそうなるかと思ったら、稲城は無造作に縦パスを出した。


「うん?」


 しかし、出した先に受ける味方がいない。そこにいるのは田坂高校のディフェンダーだ。


 パスを出して、一気に相手に向かって詰める。


「うわっ!」


 まさか相手がパスを出してくるとは思わなかったのだろう。相手ディフェンダーは如実に混乱した。周囲も同じだ。


 唐突にマイボールになりそうな展開に、全員の動きが止まる。



 守備をしなければいけない。守らなければいけない。


 こぼれ球などは思い切り前にクリアする。


 そうしたことは意識できている。



 では、相手からのパスは?


 マイボールになった場合に、どう切り替える?



 想定外のパターン、何も考えていない。



 トラップが流れた。


 稲城はそれをかっさらおうとして、途中で左側に回った。


 何故か。


 先んじて走る瑞江達樹がいたからだ。


 相手の考えが止まった一瞬は、瑞江にとっては十分過ぎる時間だ。ボールをカットしがてら、僅かなスペースに小さく蹴りだし、すぐに左足を振り抜く。


 これまた動きが固まったゴールキーパーの横をシュートが抜けていった。



 ゴールキーパーを含めた相手選手が一斉に天を仰いだ。


 偶発的な1点目と異なり、2点目は意図的にやられた点である。


「これでも取られるのか」


 何人かの顔からはそんな思いが伝わってきた。




 陽人と後田はお互い顔を見合わせた。


「滅茶苦茶やるなぁ、希仁の奴」


 ディフェンスに特性のある稲城は、相手が主導権を捨ててしまって引いてしまった局面ではあまり機能しない。


 ならば、相手にボールを渡して、ディフェンスの局面を作って機能すればいい。


 とはいえ、サッカーはボールあっての競技である。それをあっさり放棄するというのは勇気がいる。


「考えてみれば、希仁はボクシングで無敵だったわけで、ボクシングだとサッカー以上にディフェンス一辺倒の連中がいるだろうから、慣れているのかもしれないなぁ」


 誰だって殴られたくない。相手が強いなら、恥も外聞もなく守るしかない。


 そうした相手をことごとく突き崩してきたのが中学時代の稲城希仁だ。


 競技は違えど、守備一辺倒の相手を崩すことには慣れているし、競技歴が浅い分、ボールを相手に渡すことも苦にならないのかもしれない。

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