9月2日 14:07
2日午後2時、地域予選決勝・高踏高校対田坂高校がキックオフされた。
高踏のスタメンは、ほぼフルメンバー。宿題のやりすぎで体調を崩した石狩徹平の代わりに武根が入っている。
高踏のキックオフ、瑞江が後ろに下げるが。
「うん?」「ありゃ?」
開始直後に陽人と、第三GKの後田雄大が声をあげる。
田坂高校のメンバーは、開始と同時に全員が下がり、最終ライン5人は自陣ボックスの中に、中盤3人はペナルティエリアの少し前に位置している。
ペナルティエリアの中にGKを含めて9人が入っている。
残る二人のFWすらも自陣サイドより前に行く素振りがない。
「これは守備的どころの話じゃないぞ。ただ守るだけのつもりじゃないか?」
後田の言葉に、陽人も頷くしかない。
どれだけ守備的でもカウンターを狙うなら、一人はオフサイドにかからないハーフウェーライン付近にいるはずだ。
しかし、田坂高校の一番前の選手はハーフウェーとペナルティエリアの中間あたりにいる。
「全盛期のギャレス・ベイルでもいない限り、あんな後ろから一人でゴールまで行けないと思うが」
高踏のゴールキーパー・鹿海優貴はゴールキーパーとしての能力は高くないが、反面、足下の技術はあるし、FWもこなすから前への詰めも速い。
仮に田坂高校がカウンター気味のフィードを出したとしても、120パーセントのパスを出さない限り、鹿海が先に届くはずだ。
「もっとも、優貴がそういうGKだということは相手には分からないし」
後田の言葉はここでも的を射ている。
高踏がここまで倒した二校は、田坂高校もよく知る二校のはずだ。その相手から8点、9点と取ったとあれば、守備的に振る舞うしかないのだろう。
決して強豪ではない田坂高校に守れと言えば、攻撃を全て捨てて守るということになるのかもしれない。
「これなら最終ラインか優貴が大チョンボをしない限りは失点しなさそうだが……」
相手が何もかも捨てて守備専念となれば、今までのように得点をあげることは難しいかもしれない。
相手はボールに向かってくることもないので、ボールはほぼひたすら高踏が保持している。
とはいえ、相手が完全に引いてしまって前にスペースがない。
稲城や颯田には、スペースのない場面で切り崩すレパートリーがない。
そのため、ボールが回ってきても打つ手がなくただ戻すだけだ。
中央の瑞江もスペースが無いので、これまた下げるのみとなっている。
開始5分が攻めあぐねた状態で過ぎ去った。
「これはまずい。こういう場合はサイドを徹底的に崩すしかなさそうだけど、希仁と五樹は無理そうだし、どうしたものかな。まさか相手がここまで守備的で来るとは思わなかった」
後田がベンチを見る。
陽人もつられてベンチメンバーを見た。
選手交代で変えるのなら、どちらかのウィングに技術レベルの高い戸狩真治を入れて突破を図るのが常道だろう。サイドを深く切り崩せば折り返しへの対処が難しい。下手するとオウンゴールになってしまうからだ。
あるいは、思い切ってGKを変えるという手もある。須貝をGKに入れて、ヘディングも得意なチーム一の長身・鹿海を前に上げて高さで勝負する。
そこまでやるのが極端にしても、篠倉を入れる手もあるだろう。
「とはいえ、開始直後だからな。ベンチで焦っていても仕方ない」
想定外は想定外だが、別に負けているわけではないし、負ける要素が出て来るわけでもない。
「ここでバタバタするなら、一回戦で主力を外した意味もなくなるし、前半はどうあっても様子を見るとしよう」
「了解」
後田が答えた途端、右サイドから立神が大きく弧を描くようなロングシュートを放った。
「軌道はいいけど、相手が下がっているからなぁ」
相手がハイラインを敷いて、GKが前に出ているなら、頭越しのロングシュートは選択肢としてありうる。
だが、田坂高校は全員が引いている。狙いは悪くないが難しそうだ。
「おっ?」
しかし、GKが反応したが、ボールは若干高く届かない。
「あっ!」
クロスバーに当たって、跳ね返ってきた。
その落下点に稲城が入り込んでいて、頭で押し込む。
稲城の初ゴール。ラッキーな形での先制点。
「えっ、えっ、今の偶々? それとも狙っていたのか?」
後田が混乱する。
立神は狙ってクロスバーに当てたのだろうか?
稲城は軌道を見て、落下点を読んでいたのだろうか。
正確な右足をもつ立神に、ボクシングで鍛えた目の良さがある稲城。狙ってやったとしても不思議ではない。
「それは本人に聞かないと分からないけど、とりあえず、これで負ける心配はかなり減っただろう」
キックオフ後の布陣を見て、陽人は首を傾げながら言う。
田坂高校は失点しても、前へ行く素振りはない。
勝つことよりも穏便なスコアで敗退することを願っているように見えた。
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