8月26日 15︰24
主審がセンターサークルを指さしながらホイッスルを高らかに吹いた。
「よっしゃあ!」
ゴール前でガッツポーズをするのはこの試合スタメンの篠倉純。前半13分で早くも2点目である。
とはいえ、両軍ベンチの視線は右サイドでガッツポーズをしている背番号19ではなく、左サイドの背番号9に向けられている。
「耀太......、凄えっていう噂はあったけど、本当に凄えな」
「翔馬が剛なら、耀太は柔って感じですり抜けていくよなぁ」
2ゴールの篠倉のレギュラーポジションにいる颯田が唖然とした様子で言い、それに瑞江が淡々と答える。
いずれも左サイドを完全に切り崩した園口からのクロスが起点である。中にいる鹿海に気を取られてしまったところにファーサイドから篠倉が飛び込むというパターンだ。
北日本短大付属戦の立神はほぼフィジカルの強さ、爆発的な脚力とスタミナ、驚異的なキック力でチャンスを演出していたのに対して、園口は瞬間的なキレでスッと抜いていく。
「耀太の奴、自分は遅いって言っていたけど、十分早いよなぁ。トレーニングの成果かなぁ?」
「トレーニングの成果もあると思いますが」
稲城が観客席を向いた。結菜をはじめとする中学映像研究会がきちんと撮影していることを確認したようだ。
「最初の動きが抜群に良いですね。相手より0.5秒早く動けば本人のスピードが相手より0.2秒遅くても先手が取れますからね。何といっても技術は一級品ですから、そこに自信がありますし」
「サッカーを良く知っているよな」
「そう思います」
いきなりの2失点、しかも完全に崩されての失点に、早くも高木北高校は「これは勝てない」と思い始めてきたようで、プレーが雑になってくる。
中盤で久村がカットし、バックラインからまたも園口に出る。
僅かな観衆は反応しないが、中央に座っている県サッカーの関係者は分かってきたのだろう。背番号9にボールが回った途端に「おぉっ」と立ち上がる。
園口はワンタッチですぐ後ろにいた睦平にあずけて前に走った。睦平がワンツーで出したパスで、やる気に欠けた高木北のバックラインを抜け出す。
高踏ベンチから「行った!」という声があがるのと、「櫛木!」と園口が叫ぶのは同時だった。
トラップが正確ならゴールキーパーと1対1になるはずなのに、園口はそのボールを一度またいで僅かに左に流れた。
「えっ!?」という声が上がったと同時に、中に軽めのパスを送る。そこに少し遅れて櫛木が走り込む。高木北のバックラインは投げやりモードで固まったままだ。
「決めろ!」
高踏サイドの全員の願いを受け、櫛木は少しゴールキーパーに近づいてシュートを放つ。
シュート速度という点でもコースの点でも良いシュートではない。実力派のゴールキーパーならあっさり止めていただろう。
しかし、高木北のゴールキーパー奥本は地域予選相応なキーパーだ。あっさり割られてゴールが決まる。
「やったぁぁぁ!」
大喜びするような状況ではないかもしれないが、それでも櫛木は大喜びだし、南羽と道明寺も両手を突き上げた。前の練習試合で足を引っ張ったという認識のある遅参組にとって、例えお情け的なものであってもゴールをあげたという結果は大きい。
相手が弱かろうと、経緯がどうあろうと関係ない。この後、何十年も県の記録に「13分・櫛木俊矢」という名前が残るのだから。
「耀太、ナイスパス!」
と駆け寄る櫛木に、園口は前を指さした。
「喜んで走る余裕があるなら、追え! 試合はすぐ再開されるんだ!」
「お、おう! すまん!」
櫛木は慌ててポジションを戻っていく。ベンチの全員が「サッカー人生の初ゴールくらい抱きあってやってもいいのに」と苦笑した。
前半24分が経過した時点で、高踏は4点をリードしている。
園口耀太はノーゴールである。アシストは県予選の公式記録として残ることはない。
しかし、4点全てにアシストがつくだろうこの左サイドバックが試合の支配者であることは誰の目にも明らかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます