8月26日 15︰00

 一回戦・高木北との試合会場は、高校から20分ほどバスで揺られたところにある設楽公園陸上競技場であった。


 日本では非常に一般的な陸上競技場トラックに囲まれたグラウンド。スタンドがメイン側には設置されているが。


「観衆は8人か」


 瑞江が指差し数えて、フフッと笑う。


 実際、スタンドには8人しかいない。ピッチサイドには審判団、記録員や県サッカーの関係者など10数人並んでいるが。


「しかもそのうち3人は結菜ちゃんと辻君、我妻さんだ。残りの5人も向こうの関係者だろう。両校とも応援団すら来ないのは悲しいな」

「とはいえ、例えば高木北と漆原工業の試合がやっていて、見に行くか?」


 陽人が尋ねると、瑞江は即答する。

 

「行かないな」

「だったら、他の人も同じなんじゃないか」

「しかし、学校の面々はもう少しいてもいいように思うけどねぇ」

「そもそも総体もリーグ戦も欠場だし、グラウンドも別のところにあるからサッカー部があること自体知られてないかもしれない。まあ、指示が通りやすいから俺はありがたいよ」


 どんなことにも前向きな要素がある。大観衆の前でいきなり監督をさせられるよりは気楽でよい。



 この日は練習試合のようなアクシデントはなく、一昨日決めたメンバー全員がそのままスタメン出場となった。


 試合前、スタンド裏の控室でスタメン全員が座っている。


「高踏高校として初の公式戦になるけれども、あまり気負っても仕方ない。ただ、前回の練習試合の時のように基本的なことすらできないというのは避けたい。何度も言うけれど、技術的なミスは仕方ない。しかし、みんなでやってきた動きをしない、とかそういうことはないようにしよう」

「オウ!」

「あと、疲れたりした場合は全体の起点を下げる必要もあるから、無理せずに申告するように。今回は交代をあまりしない予定だから、飛ばしすぎると最後が大変になる。その二点を注意して、あとは今までやったことを試合でやっていこう」

「よし! 行くぞ! ファイト!」


 メンバー全員で声をあげて、ピッチへとつながる通路に向かう。係員の指示に従って整列していると、ほどなく反対側の部屋から高木北の選手たちも出てきた。


(ふうむ......)


 相手には二年生、三年生といった上級生もいるはずだが、少なくともサッカーに必死になっているチームではないことは、体つきを見ただけで明らかだ。


 全てを賭けているかは別にしても、このチームに負ける理由はほぼない。


 そう思った陽人は開始前にテクニカルエリアに出て、激を飛ばす。


「練習を思い出せ! 練習の強さより強い相手だったなら、ハーフタイムに俺に文句を言え!」

「君、選手がそこに入るのは駄目だよ」


 県サッカーの担当者が文句を言ってきた。


 言い返そうとするが、先に真田が立ち上がった。


「あ、すいません、ウチのメンバー表見てないんですか? ウチには甲崎、天宮、卯月、高梨と学生が4人役員にいますよ? コピーあるので見てくださいよ」


 してやったりという様子で登録メンバーのコピーをひらひらさせる真田に、陽人は苦笑する。県の係員は不愉快そうな顔を真田に向けた後、引き下がった。


 そうしたやりとりがピッチ上にいるメンバーにも見て取れたのだろう。急に緊張が和らいだように、陽人には思えた。


 経過はともあれ、これでいい。


 平常心で戦えれば、今日の相手に負けることはまずないはずだ。

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