選手権予選

8月24日 7:30

 地域予選一回戦・高木北高校との試合を二日後に控えた木曜日の朝。


 早朝練の前に、陽人は全員を集めてミーティングを行った。



「高木北に勝てば、二回戦は漆原工業との対戦になる。俺としては、この前の試合の前・後半のようにそれぞれの試合で、メンバーを使い分けしたいかなと思っている。もちろん、高木北に負けてしまうリスクもあるけれど、数少ない公式戦を少ないメンバーで独占ということにはしたくない」


 そう言って、全員を見渡した。


 反対はいないが、南羽が手をあげて立ち上がる。


「だけど、俺達三人がフル出場になると前回みたいな事故が起きないかな?」

「それはもちろんある。ただ、そのリスクを踏めないでいると固定メンバーばかり使うことになりかねない」

「同感」


 瑞江が賛同する。


「一回戦と二回戦の間には中一日しかないからな。両方出るのはキツイ。俺達のサッカーはさぼったらいけないサッカーだし」


 プレスの起点をうまく操作することができれば負担の軽減はできる。しかし、こちらの負担を軽くするということは相手にとっても軽くなるということだ。


 勝つためには負担をかけなければいけない。となると、休養期間がしっかりと欲しい。


 瑞江の言い分は誰もが理解できるところだ。



 とはいえ、これをサブが言うのと主力が言うのとでは変わってくる。


 エースの瑞江があっさり賛成したことで、反対論は完全になくなったし、南羽達も「それならば」と安心して座った。


「次の問題はどちらに誰を出すかということだ」


 ここでも南羽が言う。


「できれば格下の方が……」

「逆じゃない? 安心する方がミスするものだよ。緊張感があった方がいいと思うな」


 陸平の言葉に、日の浅い三人は不安そうだ。


 陽人が結菜のまとめたデータを出す。


「県のリーグ戦で高木北と漆原工業のカテゴリーは同じだ。それぞれ6チーム所属していて高木北は二位、漆原工業は五位だ。これだけを見ると、高木北の方が強そうには見える」

「じゃ、この前の後半メンバーに耀太を加える形でいいんじゃない? ただ、陽人はベンチにいた方がいいかもね」

「あぁ、それは分かっている」

「中盤が一人少なくなるから、僕が途中までは出た方がいいかな。展開が楽になるか負け確定になったら陽人が出てもいいよ」

「……俺だけ出場が許可制なのか?」


 陽人は陸平の言い分に苦笑しながら答えた。つられて散発的な笑いが起きる。


 陽人はホワイトボードにメンバー表を書き込んでいった。



 GK:須貝

 DF:園口、道明寺、武根、南羽

 MF:戸狩、陸平(天宮)、久村

 FW:櫛木、鹿海、篠倉



「もちろん、明後日の体調にもよるけど」


 そう言いながら向けた視線の先には園口の姿がある。


「任せておけ! 体調管理はバッチリだ」

「では、明後日の試合は基本このスタメンで。それじゃ、練習するか」

「おう!」



 一斉に散らばり、それぞれ着替えに向かう。


「櫛木」


 園口が左のフォワードに入ることになる櫛木に声をかけた。


「今日の夕方、二人でちょっとパス練習やろう。俺が数字を叫んだら、この位置にボールを出してくれ」


 そう言って、メモ帳を見せる。


  ①④

  ②⑤

  ③櫛


「数字の位置に出してくれれば、俺がそこに走って受ける。おまえは俺を確認しなくていいからスムーズになるはずだ」

「な、なるほど……。でも、出せるかなぁ」

「もちろん、最初からうまくいくとは思わん。全ては慣れだ」

「分かった。だけど、後ろや右はないのか?」

「俺が攻めたいからパスを出してもらうんだから、後ろや右なんか指示しても仕方ないだろ。マーカーがついていたり、スペースがない場合は何も言わないから、その時は櫛木の方で判断してくれ」

「わ、分かった……」


 櫛木が答えたところで稲城が寄ってくる。


「あぁ、こういうのはボクシングでもありますよ。顔とかボディの箇所をナンバー化して、セコンドが指示出すんですよね。数字とパンチの種類を覚えておけば、自然と打てるようになるみたいですよ」

「そうなのか?」

「えぇ、条件反射みたいな形で例えば3って叫ぶと左フックを出すわけです。私の時もこれをやってもらっていいですかね?」


 次の試合はベンチとはいえ、稲城も入るなら左のフォワード。園口の前側にいるポジションである。


「分かった。一回試してから希仁ともやろうと思っていたが、そういうことならやろう」


 園口はメモ帳にもう一枚数字を書き込んで稲城に渡し、グラウンドへと向かっていった。

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