8月15日 16:55
火曜日の夕方、練習を眺めている陽人の携帯に甲崎からメッセージが届いた。
『地域予選の組み合わせが決まったよ~』
と軽い口調で送られたメッセージの次に写真データが送られてくる。
写真では五校によるトーナメントが形成されていた。二校が一回戦を戦い、残る三校は二回戦から参加する山。
高踏はシードされていないので勝ち進めば三試合を行うことになる。
「決まったの?」
と問いかけてくるのは、練習のデータを取りにきた妹の結菜だ。模試のために一週間くらい出て来ていなかったが、それも終わり、今日からまたやってきている。
「初戦は高木北だって」
「強いの?」
「知らないよ」
高木北高校は隣の市の高校で、偏差値はまあまあ高かった記憶がある。
知っているのはそれだけで、サッカー部があったということからして初めて知った。
「やっぱり地域予選だけあって、サッカーで聞いたことのあるところは一チームもないわね」
結菜の言葉は辛辣だが、確かに高木北も含めて「高校の名前は知っている」けれども、サッカー部が強いのかどうかなど全く未知数のところばかりだ。
とはいえ。
「それを言えば、高踏は総体とリーグ戦辞退で参加すらできなかったわけだからなぁ。他に不参加校がどれだけいたのかは知らないけど、今のところウチは県内で一番サッカーをやる気がないところの一つだ」
もちろん、今のチームはそんなことはない。
しかし、事実として、現在の高踏は県内でもっとも結果がないチームである。
「……確かにそれはそうよねぇ。でも、高木北には多分すんなり勝てるんじゃない?」
結菜はあまり疑う様子はない。
数日前、東北の強豪校の二軍に快勝したことが理由だろう。
地域予選参加校で北日本短大付属より強いところは一チームもないはずで、地域予選を勝ち抜いて本予選くらいまでは行けるのではないかと思っているようだ。
「知らないというのを弱いと結びつけるのは、傲慢だぞ」
「むむっ。じゃあ、兄さんは高木北高校を調べに行くわけ?」
「いや、調べないよ」
陽人の答えに、結菜が「何よそれは」と口を尖らせる。
「俺は分析とか全くやったこともないからな。調べてどうこうなんてできない。できないことはやっても無駄だ。引き続き、自分達のチームをしっかり固める。それだけ」
「佳彰や彩夏と調べてきてもいいわよ」
「いや、いいよ。今回の選手権予選では相手との比較どうこうではなく、まず自分達がどの程度まで徹底できるか確認したい。分析やら相手に応じた戦いなんていうのは、来年以降本当の監督がやればいいだけの話だ」
「……」
結菜は納得したのか、しばらく何も言わずにトーナメント表を書き写している。
「ネットに過去の大会成績はあると思うから、それくらいは調べておくわね。ところで」
「どうした?」
「来年、藤沖監督が戻ってきたら兄さんはどうするわけ? 選手は難しいわよね。コーチ専業になるの?」
「コーチか……」
今後の自分の立場。北日本短大付属との試合後も考えたことだ。
妹にはっきり断言されるとムッとなる部分もあるが、選手としてレギュラーを取るのは難しそうだ。それならば今の流れで、監督の下でコーチとしてできることをした方が良いのかもしれない。
「確かに、学生サイドのまとめ役みたいなのも必要かもしれないな」
「でも、ヘッドコーチは来年入学する私だけどね。分析要員として佳彰と彩夏が入って、卯月さんと高梨さんも入るから、来年は役員五人に兄さんは入れないわね」
「おい」
ムッとなって答えた。
しばらく別の話題に移っていたが、結菜の「来年入学する」という言葉をふと思い出し、その意思を確認する。
「高踏に来るつもりなのか? 浅川君は深戸学院に進学するつもりみたいだが?」
「浅川君? 誰、それ?」
「おい、近くの幼馴染忘れたのか? 浅川光琴君だよ」
「あぁ、光琴。そういえばそんな苗字だったわね。
どうやら下の名前で憶えていて、苗字はすっかり忘れていたらしい。
「光琴がどうかしたの?」
「あぁ、そういえば結菜は会ってなかったのか。この前深戸の練習で見かけて、練習試合にも来ていたよ」
「そうなんだ。全然連絡なかったけど、こっちに戻ってくるのね」
「兵庫で結構有名らしいよ」
「ふーん。でも、光琴が深戸学院行くから、一緒に行くなんてないけど? 佳彰や彩夏が行くなら考えるけど」
あっさりとした答えが返ってきた。
昔は一日中一緒にいたこともあると記憶しているだけに、意外な答えである。
幼馴染といえども、中学時代丸々別のところで暮らすと、繋がりを感じなくなるものなのか、あるいは結菜が特別冷淡なのか。
分からない。陽人は首を傾げるが、それ以上聞くことはしなかった。
とりあえず、結菜達は高踏に進学するつもりらしい。
サッカー部の練習サポートを考えると有難いことである。
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