8月13日 12:20

 地域予選を一週間後に控え、園口耀太はランニングフォームのチェックのために朝から名古屋まで出てきていた。


 二時間の練習を経ての帰り、駅の近くで昼食でも食べようとした時、本屋で意外な人物を見かけた。


「あれ、翔馬?」


 立神が入り口に近い位置で車関係の本を読んでいた。


 声をかけると、目を見張って言う。


「おっ、耀太。何でこんなところに?」

「いや、こっちのセリフだよ。俺は大溝さんのところに通っているんだから」

「あぁ、走る姿勢のチェックか」

「そうだよ。お前さんみたいに延々と走れて、しかも速いなんて資質がないからな。何、読んでいるんだよ?」


 立神は「車」と言って、園口に見せる。確かに車の雑誌だ。


「車が好きなのか?」

「好きじゃなくて、家の仕事だからな。どんな車があるのか、知っておかないと」

「……そうなのか。俺は昼飯食べようかと思うんだが、おまえは?」


 尋ねると立神は「いいよ」と応じたが、アテがない。携帯で近くの定食屋を探しつつ、ぶらぶらと歩く。



「あれ、耀太じゃん?」


 今度は声をかけられる側になり、視線を向ける。


 相手を確認し、自分が嫌な顔つきになったことを自覚した。


 三人組のジャージー姿の少年がいた。三人ともジャージーには『鳴峰館』という刺繍が入っている。


「久しぶりだね~。耀太ってどこ行ったん?」


 どこ行ったと言うのが、現在の高校を聞いていることは明らかだ。


「地元だよ。高踏高校」

「マジ? ジミなとこ進んだんだなぁ。まだサッカーやってんの?」


 明らかに馬鹿にしたような口調だ。隣にいる立神も不愉快そうな表情を浮かべる。


「やっているよ。楽しくやっている」


 楽しく、という言葉に三人が嘲るような笑みを浮かべた。


「そうかぁ。それは良かったなぁ。耀太が楽しいなら、俺達も嬉しいよ。俺達は鳴峰館なんだ」


 と、ジャージーの刺繍部分を見せつけてくる。


 嫌でも分かるわ、というのを隠して園口は淡々と応じる。


「そうかぁ。深戸学院に勝ててないけど、一回くらい勝てれば俺も嬉しいよ」


 今度は向こうがムッとなる番だ。


 ささやかな仕返しができたところで、園口は「じゃあな。予選頑張れよ」とさっさと別れることにした。


 背中を向けてしばらくしたところで「耀太も県予選本選に出られるよう頑張れよ。ハハハハハ!」と嫌味ったらしい言葉が投げかけられてきた。



 黙っていた立神だが、距離を置いたところで口を開く。


「誰なの、あいつら?」

「小学校の時のチームメイトだよ。加藤と福島と平野だったかな」

「その割には随分嫌な奴らだなぁ」


 立神の不思議そうな様子に、園口は苦笑する。


「俺はこう見えても、中一までは全国でもトップ10くらいに期待されていたからな。チームでも特別待遇だったし、それを未だに妬んでいるんだろ」

「あぁ……」


 園口が小学五年の時に全国ベスト4まで進んだということは、チームの全員が知っている。鈍足だと思われるまでは、トップクラスのホープだと期待されていたことも。


「でも、特別待遇で付きっ切りで間違った指導されて、結果フォームが崩れて足が遅くなったんだろ? あんまり特別待遇もいいものじゃないよな」

「まあな。ただ、経験したことのない連中は妬むものなんだよ」

「なるほどねぇ。今でも妬んでいるのか」

「さっきの様子を見るとそうみたいだな。あいつらも可哀相な奴らだよ。脱落した俺なんか放っておけばいいのにさ。下を見て笑ったり、上を向いて羨んだりしている暇があれば練習しろ、って話だよ。と言いつつ」

「?」

「準決勝や決勝で鳴峰館と深戸学院が対戦するなら、絶対深戸を応援する気になったから、人のことは言えんけどな」


 園口はそう言って苦笑した。立神も声をあげて笑う。


「それはそうだ。正直どっちもよく知らないけど、深戸は谷端みたいないい奴がいるのに、鳴峰館はあれだもんな。俺も深戸学院を応援するよ」

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