8月8日 11:00
練習試合から二日。
高踏高校サッカー部のグラウンドにはいつもの練習風景が戻ってくる。
ただ、今までと同じ戦術練習も、以前より更に熱気を帯びているように見えた。
「お~、やっているね」
ピッチサイドから練習を眺めている陽人に声をかけてきたのは、事実上引退している主将の甲崎恭太であった。
「どうかしましたか?」
時々連絡は取り合っているものの、彼が練習場まで来るのは随分と久しぶりだ。
これから受験シーズンたけなわのはずで、できればグラウンドに出てきたくないはずなのに何だろう、と陽大は首を傾げる。
「昨日の夜に、校長先生から電話があって、伝えに来たよ。藤沖先生は今年一杯をリハビリにあてるんだって」
「本当ですか?」
「こんなことで嘘をついてどうするのさ。だから、今年の選手権予選は君が好きにできそうだってことだよ。しかし……」
甲崎がグラウンドに視線を向ける。
「すごい迫力だね。練習なのに」
形だけの部長で、サッカー部から手を引いている甲崎も呆気にとられている。
熱気を帯びて見えていたのは自分だけではなかったらしい。
全ては二日前の練習試合の結果を受けてのものである。
二軍とはいえ、有力校に快勝したことで「このチームはかなり行けそうだ。頑張り続ければ上位進出は夢ではない」と全員が知ることになった。
これによって、道明寺、南羽、櫛木といった途中参入組が今まで以上にモチベーションを上げてきて、練習を盛り上げている。
また、個々として課題の残った鹿海や稲城、体調不良で試合を欠場した園口も更に真剣に取り組んでいる。それを受けて他のメンバーもやる気を増しており、好循環を見せていた。
すごいねえと感心しつつ、甲崎は苦笑する。
「去年の今頃、こんな猛烈な練習をしていたら、みんな逃げていたよ。僕も含めて」
甲崎は引き続き事務的な話を続ける。
「明日、地域予選の組み合わせがあるから、それには真田先生と僕が行くよ。それ以外にメンバー登録を12日までに決めてもらいたい」
「メンバー登録ですか?」
「そうそう、選手は背番号も含めて、ね。あとは役員の登録がある」
サッカーのチームにおいては、監督、選手の登録とともに役員の登録が必要となる。
役員というのは監督、選手以外でチームに携わる者のことである。県予選も高校サッカーにおいても、監督以外に5人までの役員登録が認められている。ベンチに帯同してサポート活動を行うことになり、テクニカルエリアに入ることも許されている存在だ。
通常はコーチやトレーナーが役員として入ることになるが、現在のサッカー部にはコーチもトレーナーもいない。
「ルールを確認したんだけど、選手がテクニカルエリアに入るのは認められていない。だから、天宮は選手登録と役員登録をすることが必須になる。残る4人はどうしよう」
「4人ですか……。入れるなら卯月さんと高梨さんでしょうか」
問題がないなら結菜や辻佳彰、我妻彩夏らにベンチに入ってもらいたいところであるが、中学三年で受験シーズンの彼らに頼り、呼び出すのも酷だ。
他に入ることがありうるとなると卯月亜衣と高梨百合のマネージャー二人であるが、彼女達はサッカーが詳しいわけではないし、どちらかというとスタンドから録画などの役割を果たすことになりそうだ。
「……僕だけ登録してもらっても大丈夫かと思いますが、何かあるかもしれませんから、卯月さんと高梨さんはお願いします」
必要ないとは思ったが、何が起こるか分からない。負傷者が出たりすれば、治療などで協力を求めることはあるだろう。
手助けを求められる存在は、やはり必要だ。
「了解。背番号はどうする?」
「背番号ですか……」
「僕の10番も空き番みたいだけど、あげていいよ」
「そうですか……」
サッカーにおけるエースナンバー・10。
ただ、三年生で主将の甲崎がつけていた番号ということで、何となく遠慮して誰も主張していない。
瑞江、立神、陸平が希望するなら頼んでみようとは思うが、三人はそれぞれ今の番号を好んでいるようだし、他の選手も背番号に関してはこだわりが少ないように思える。
「相談してみます。明日までにはメールしますよ」
「分かった。それじゃ、よろしく頼むね」
連絡が終わると、甲崎は踵を返して自転車で降りていった。
「背番号か……」
みんな番号にこだわりがないように思えるが、適当に扱って「本当は10番をつけたかったのに、天宮のせいで」なんて思われたらバカバカしい。
終わったら、きちんと話をしてみよう。
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