8月7日 19:09

 翌日の夕方、病院の面会受付が始まると、谷端篤志は母とともに病院を訪ねた。



 藤沖亮介の負傷はほぼ回復している。


 現在は膝を壊したことによる歩行訓練と、念のため脳派などをスキャンして後遺症が残っていないかを調べている段階だ。



「伯父さん」


 歩行訓練をしている藤沖に、谷端が声をかける。差し入れのフルーツを近くのテーブルに置いた。


「おぉ、篤志。いつもすまないな。姉さんも毎回申し訳ない」


「それは別にいいんだけど」


 杖をついて移動する伯父を見ながら、谷端は渋い顔になる。



 持ってきたフルーツを切って、食べながら話を始めた。


「昨日、北日本短大付属がこっちまで来て、一軍が深戸と、二軍は高踏と試合をしたよ」

「へえ、結果はどうだったんだ?」

「深戸は1-2で北日本一軍に負けた。高踏は7-3で北日本の二軍に完勝した」


 穏やかだった藤沖の表情が一瞬、固まった。


「7-3で勝った?」

「俺も試合の映像を見たけど、特に前半は凄かった」

「……」


 藤沖は腕を組む。色々考えているようだ。


 無理もないことだ。


 二軍とはいえ実力校を一年しかいないチームが、しかも監督もいないチームが完勝したのだ。監督となる予定の者としては大いに考えさせられる話である。


「正直に言うとさ、伯父さんが急いで戻る必要はないと思うんだ。8月末に選手権の地域別予選が始まる。今の高踏なら、ここはクリアする。多分10月の県予選本選に出てくるはずだ」



 選手権の予選は地域別にフォーマットがかなり異なるが、高踏の場合はまず地域予選に出ることになる。ここには実績のない地域の同クラスの高校が入っており、8月下旬から数チームで2、3試合を行うことになる。


 地域予選を勝ち抜くと県予選本選に進むことになる。


 県予選本選では、県内強豪の8チームがシードされており、彼らは本選の2回戦からの出場となる。それ以外の地区予選を勝ち抜いた48校とトーナメントを構成し、勝ち抜いたチームが冬の選手権に出場だ。



 藤沖は9月半ばには復帰できると高踏高校に連絡を入れている。


 当初の予定では、それで問題がなかった。高踏は9月頭までには地区予選で敗退しているだろう。


 そこから藤沖が新チームを引き継ぎ、2月の新人戦まででチームを完成させれば良い。


 しかし、先程やっていたという試合映像を見て、谷端の考えは変わった。



「今のままなら、高踏は地域予選を勝ち抜く。そこで伯父さんが復帰するとかえってチームが混乱すると思うんだ。むしろ、選手権予選の結果が出るのを待ってからの方が良いと思う」

「チーム状態が良いところに、俺が急に監督として戻ると、変な軋轢が生まれるかもしれないというわけだな?」

「軋轢とまでは言わないけど、チーム状態が良くて、試合まで日が浅いのに監督を変えるって普通はないと思う。プロチームならサポーターが猛反対する」

「サポーターかぁ。篤志、高踏は本当に地区予選を勝ち抜けそうなのか?」


 谷端はメモリーカードを取り出した。


「これ、後輩から貰ったものだけど、試合の映像が入っている。俺が言うより、これを見る方が早い」

「そうか。ちょっと見てみるよ」


 藤沖はカードを受け取り、ぽつりとつぶやく。


「まさか戻らなくても良いって話になるとは想像もつかなかったなぁ」


 作り笑いの裏に、寂しそうな内心が見え隠れしているように見えた。




 その日の夜、谷端は伯父からのメッセージを受け取った。


『学校には、万全な体調で戻りたいから11月一杯までリハビリに専念する、と答えておいたよ。今回の予選は今のままの方が良い』

『俺もそれが良いと思います』


 谷端は無意識に思ったことをメッセージで送り、日中の寂しげな表情を思い出した。もしかしたら、突き放したメッセージに見えたかなと、フォローのメッセージを考える。


 それより早く、次のメッセージが来た。


『篤志の話を最初に聞いた時には学生が監督なんて無理だろ、と思っていたけど、違っていたな。積み上げたものがないから、思い切ったことができるのかもしれないなぁ……。俺にはあんな前掛かりなチームは怖くて作れないよ』


 谷端は更に返答に迷う。


 しばらく考えた末に『そうかもね』と返信を送った。

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