8月6日 15:53
試合終了の笛と同時に、陽人は主審をしていた五十嵐から声をかけられた。
「すごいチームだね。参ったよ」
素直な賞賛に、陽人は照れ笑いを浮かべる。
「いえ、まあ、偶々うまくいったところもあるでしょうし」
「正直、最初は夏木の阿呆が変なところと試合を組んでしまって、なんて思っていたんだけど、試合が出来て良かったよ」
「僕達も、練習試合ができて良かったです」
瑞江、陸平、立神の三人がいるのなら、かなりのところともやれそうだ。
そういう確信を抱くとともに、課題も多く残った。
終盤、一挙に破綻したのは日の浅いメンバーもいるからやむをえない。
とはいえ、練習ではできていたことが、試合になるとできなくなった選手もいたのは気になるところだ。
(できることができなかったのは、まずいなぁ。今後改善の余地がある)
そう思いながら、うなだれている道明寺に近づいた。
無理もない。最初の2失点は個人的なミスとも言えるし、最後の失点でも相手に抜かれてしまっている。いくら連携面や戦術面でまだまだとはいえ、ディフェンダーとして出てきて僅か20分でここまでやられたとあっては、うなだれたくもなるだろう。
陽人は「尚」と声をかける。
「これが現在位置だ。分かって良かったじゃないか」
「……それはそうかもしれんが」
「前半は偶々だ。相手は県内強豪クラスの二軍。こちらの立場を考えたら、ある程度やられないと嘘だろ。嘆いても仕方ない。選手権予選まで更に練習するしかない。うなだれているのは勝手だが、その分時間がなくなるぞ」
「……あぁ」
ベンチの方に戻ると、上の方で録画を撮っていた卯月と高梨がやってきた。
「バッチリです」
「良かった。それじゃ、そこのメモリーカードにもデータを入れて、相手にも渡してもらえる?」
ハーフタイム中に夏木から預かったメモリーカードを指さした。手ずから渡したいところでもあるが、試合終了直後である。汗で濡らすわけにはいかない。
「分かりました」
二人が部室の方に向かっていった。
「おい、陽人」
ベンチに戻ろうとしたところで、瑞江がハーフラインの方を指さしながら立ち上がっていた。
視線を移すと、北日本短大付属の選手が一列に整列している。
「あ、試合後の挨拶か」
試合そのものが初めてであったため、忘れそうになっていた。
「みんな、整列しよう」
慌てて声をかけ、全員でハーフラインに並ぶ。
「ありがとうございました!」
お互いに一礼して、正面の選手と握手する。
陽人の正面にいたのは、背番号20。途中出場からハットトリックを決めた下橋拓斗であった。
「すごかったですね」
と声をかけようとしたが、その下橋は向きを変えた。行き先にいるのは、瑞江である。
北日本のほとんどの選手が瑞江に話しかけようとしていた。
別の何人かは立神に、二人ほどが陸平に。
これまた当たり前のことだ。陽人は思った。
勝利に最大限に貢献したのが、その3人であることは明白なのだから。
「天宮君だっけ?」
と、声をかけられた。振り返った先に夏木がいる。
「真田先輩から聞いたよ。すごいね、君」
「いえいえ、偶々ですよ」
「前半はひっくり返りそうになったよ。あんなサッカーは初めて見た。来年再戦したいから、今度は東北まで来てよ」
「分かりました」
笑顔で答えて、陽人は思う。
来年再戦するころまでには、藤沖は戻ってきているだろう。
その頃には新一年生も入部している。今年ほどとは行かないまでも、藤沖の名前である程度有望な生徒もいるのではないか。
監督役が終わったら、果たしてベンチに残れるのだろうか。
道明寺を慰めている場合ではない。
自分ももっと練習しなければならない。
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