8月6日 15:18

 スポーツの試合において、片方側のベンチがお祭り騒ぎなら、大抵の場合もう片方はお通夜モードである。


 北日本短大付属ベンチはまさにお通夜ムードであった。誰も声を出すでもない。ほとんどの選手が沈痛な面持ちでグラウンドを眺めている。


「これはまずいな……」


 夏木はテクニカルエリアで渋い顔をしていた。


 前半の5失点に加えて、切り替えたはずの後半でも先に失点をしてしまったことで、選手の中の自信が揺らいでいることが感じ取れる。


 いや、選手だけでなく、自分自身の自信も揺らいでいる。高校一年生が作っているチームに0-6で負けているのだから。



 何かをしなければいけないのは明白だ。


 とはいえ、ベンチから打てる手は限られている。


 選手の配置を変えるか、選手を替えるか。


「お前達もアップしておけ」


 後半開始から何人かの選手には準備させているが、残りの全員にもアップさせることにした。


 悪い空気になることは仕方がない。ただ、それが連係ミスなどに波及してチームメイトへの不信感に変化してしまうと厄介だ。


 そうなる前に替えるしかない。


 夏木も選手総交代へと舵を切った。



「こういう展開だから、うまくは行かないだろうが、そういう展開を経験することも将来生きるはずだ。とにかく、ヤケになるようなプレーはするな」


 そう言って、三人の選手をピッチに送り出す。



 交代で下げられた七瀬、佃、鈴木がベンチに戻って来た。


 前線の七瀬と佃は結局ほとんどボールに触ることがなかった。二人で15回も触っていないかもしれない。


 中盤の鈴木も、前を狙ったパスはほぼ失敗し、突破などもできないままに終わった。


 三人の自己評価はともかくとして、誰かが採点しているとすれば酷評に近いものになるだろう。


「お疲れ」

「すみません」


 夏木の言葉に、三人からは異口同音に謝罪の言葉が出た。三人なりに、何もできなかった責任を感じているのだろう。


「こんなときもある。引きずらないことだ」


 自分にも言い聞かせるように言う。


「これから先も長い。予想外にうまくいくこともあれば、今みたいに予想以上に酷い時もある。そういう時に浮かれ過ぎず、沈み過ぎず。地に足をつけて努力するしかない」

「はい……」


 三人はきちんと返事をしたが、全員元気がない。



 次のスローインで更に四人を交代させた。


 練習試合ということで、人数制限はない。


 高踏もベンチ入りメンバーを全員使うつもりのようで、それぞれのアップが強まってきている。



 高踏は6人交代しているが、北日本短大付属も7人が交代してチームの規律が乱れつつあった。


 その間隙を縫うかのように、戸狩がドリブルで切りこんでクロスをあげ、そこに前半までゴールキーパーをしていた鹿海が飛び込んで7点目をあげる。



 その直後、高踏は残りのメンバー交代に踏み切った。


 前半開始からベンチとテクニカルエリアを往復していた背番号8の姿もあった。

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