8月6日 14:45
高踏高校サッカー・ラグビー部の練習場には観客が入るようなスタンドはない。
それでも、一か所だけ高台となっているところがあり、そこからは少し高い角度から試合を眺めることができる。
今、その高台にワンボックスカーが止まっていた。
中に大溝夫妻と、40前後の男が座っている。その男が大溝に確認するように言う。
「30分を過ぎて、さすがに高踏高校の運動量は減ってきましたね」
「そうだな。具体的にはプレスの起点を下げてきた」
大溝が答える。
前半25分までは、相手の最終ラインまでプレスをかけてきていた。
それがこの時間帯になって、ハーフウェーの10メートル奥の地点まで下げている。
すなわち、北日本短大付属の中盤が下がってボールを受ければ、そこでは若干の余裕がある。
この時間帯、北日本二軍の中盤の要・
「練習でもそのくらいだったな。さすがにフルプレスを45分は無理だろう」
「練習と試合で変わらないのは凄いですね」
「高踏のメンバーは、全員戦術・規律について明確に理解しているからな。脳が余分なエネルギーを使わないから、その分もつわけだ」
大溝が話している間、妻はカメラで撮影を続けている。
「しかし、高校一年生がそこまで戦術を突き詰められるものなんですね。戦術の理解は時間がかかるから、最近は中高一貫など継続性が要求されるという話も聞きましたが」
「監督が戦術を掘り進めて、それを学生に教える形だとそうかもしれんな。こいつらはそうじゃなくて、監督役がこうしたいという理念をもって、そこからメンバー全員で掘り進めている。専門家とはいえ一人で掘りながら教えるのと、学生二十五人が共同して掘り進めるのとどちらが深く掘れるかという話だ」
大溝が話している間、妻の良子はずっとカメラを回し続けている。
北日本短大付属のボールキープの時間は長くなったが、攻め込むまでには至らない。
中盤が下がってボールを受け、そこから一つ前までは繋がる。そこで高踏のプレスがかかり、一人かわしてパスを出したところで、何故かことごとく止められてしまう。
「あの6番の子も、7番、11番と同じく特異な感じの子よねぇ」
「彼は攻守入れ替わった時に、完全に準備できている。全体がどうなるかを常に考えている。ああいう子がいるとチームを作るのはとても楽だ。まあ、それはそれとして滝坊、ここを
大溝の言葉に、滝原雄哉はペンを唇の上に置いて考えこむ。
「取り上げるのは構わないんですけどね。学生が監督として、チーム作りをしているというのは面白いですし。ただ、高踏高校自体は藤沖さんが戻れば、監督として復帰させたいんでしょ?」
「それをもうちょっと遅らせたいんだよ。新機軸のことをやっていて、しかもまあまあいいチームができているって記事にもなったとすれば、学校も今年は様子見するかってなりやすいし、俺も説得しやすい」
「随分と肩入れしているんですね」
「悪いか?」
「いいえ、8月中に取り上げればいいんですね?」
「デカデカと載せる必要はないぞ。一段ちょっとくらいでいい」
「分かりました。おっ?」
滝原の視線がグラウンドに向かう。
中盤でパスカットをした陸平から短いパス回しで相手陣の切り崩しを図る。
曽根本、稲城、鈴原から陸平、右に展開されて立神から颯田。颯田が切りこむ素振りを見せて鈴原に戻し、鈴原が浮かせたボールをエリア内に送る。
受けるために下がった瑞江がDFを引き連れ、替わって入り込んできた芦ケ原がフリーで決めて5点目が入った。
「これは北日本にはショックな点ね」
良子がカメラを持つ手をそのままに呟くように言う。
「そうですね。前半で5点差はショックですよね」
「そういう意味じゃなくてだな」
大溝が苦笑した。
「序盤の3点は、いきなりの失点で面食らっているうちに入ったラッキーパンチの側面もある。ボクシングで言うなら、いきなりドカーンとパンチが入ってダウンして、立て直す前に更にもう二発、三発殴られたっていうものだ」
もちろん、勝敗という点では立て続けの失点は痛い。
しかし、実力差を正確に反映した得点ではない。結果を度外視できる練習試合の出来事だし、今後修正すれば良いだけである。
「しかし、今の1点はお互い落ち着いてきた、さあ仕切り直そうというところで決められた、チームとしての差を示す得点だ。これは二軍とはいえショックだろう」
「なるほど。そういうものなんですね」
前半が終わり、5-0。
どちらの陣営の誰もが想像できないスコアで折り返すこととなった。
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