8月6日 14:28
前半19分が経過した。
北日本短大付属のFW七瀬がボールに触れた回数はここまで3回。
とはいえ、キックオフと、残り二回は苦し紛れのロングボールを林崎と競り合い、ちょっと触れた程度のものである。
まともにボールを確保したことはまだ一度もない。
ただ、ひたすらに走り回るだけの時間が続いている。
彼の現在の背番号は名前にちなんで7。
一軍でも17をもらい、メンバーには帯同している。ただ、こちらではあくまで控えの立場。まとまったプレー時間は期待しづらい。
しっかりとした時間、プレーしたい希望があって二軍側に帯同することにしたが……
「……一体どうなっているんだよ」
まさに悪夢のような時間が続いている。
悪夢はそれだけではない。
反対サイドでは、自分と同じ7番をつけた者が躍動している。
11分、右サイドに流れた立神のクロスを、瑞江が頭で合わせて高踏が2点目をあげた。
そして今、細かいパス回しからエリアの外でボールを受けた瑞江が、2人のディフェンダーをかわしたうえで、ゴールキーパーの届かない位置に巻くようなシュートを決め、高踏の3点目をたたき出した。
「あいつ、うまいなぁ……」
遠くで見ていても、技術の正確さと落ち着きが見て取れる。
瑞江達樹、聞いたことがない。
しかし、只者ではない。
25分を過ぎると、芦ケ原、颯田、鈴原といった面々の一歩目が鈍る。
そうなると、周りも合わせないといけないので圧力が少し落ちた。
このため、北日本もようやくボールをキープできる時間帯も増えてきたが、それでも七瀬の下には活きたボールは来ない。グラウンダーのキーパスはほぼ全て中盤で遮断されてしまっている。
背番号6がどこからか現れてはカットしていく。
「どうなっているんだ……」
思わず愚痴が漏れた。
とはいえ、周りがダメだから自分が苦労しているわけではない。
相手のやり方に完全に嵌ってしまっていて、どうすることもできないのだということは七瀬にも理解できる。
しかし、名前も聞いたことのない、二流校にここまでしてやられるというのは理解のできないことだった。
「あ~!」
またも中盤でボールカットをされ、またも相手の右サイド、こちらの左サイドに展開された。
先制点の時以外、高踏は左サイドからの攻撃がない。全て右サイドから、完全な偏翼飛行である。
とはいえ、その右からの攻撃を止められない。
11番の立神、5番の颯田はともに抜け出すタイミングが秀逸でスプリント能力も高い。遠目に見ても、こちらのDFとはギアが一つ違うくらいの差が見てとれる。
しかも先制点も2点目も立神の加速に屈したため、分かっていても全員の意識が11番に向いてしまう。
立神を囮にボールは颯田の方に転がりでた。
フリーのまま颯田が折り返した。
ファーサイドから急激に向きを変えた瑞江が切りこんでくる。
ディフェンダーはボールとマーカーを交互に見る。同時に両方を見ることができれば楽だが、瑞江は巧妙にそれを避け、ディフェンダーがボールを確認しようとした途端に向きを変える。
いわゆる消える動き。
マーカーを外して、あとは決めるだけの形。
しかし、溜息が漏れた。ボールが右側にずれていて、瑞江の利き足・左足の遥か後ろ側を抜けようとしている。
助かった、七瀬がそう思った瞬間。
瑞江は左足を右足の後ろ側に回して、そのまま合わせるだけのシュートを打った。
「ラボーナ!」
誰かが叫んだ。
難しい姿勢からのシュートだから突き刺さるようなものではない。転がるだけだ。
しかし、まさかシュートが来ると思っていなかった渡島は反対側に体重がかかって反応ができず、茫然とボールを見送るしかない。
CBの石幡が必死で追いかけ、スライディングでかきだそうとする。
それよりほんの少し早く、ボールはゴールラインを超え、石幡の必死のキックは虚しくサイドネットに刺さった。
両方のベンチが同じ反応だった。「オーマイガー」。
多くの者は今、見たことが信じられないとばかりに両手で頭を抱えている。
これは悪夢ではない。現実だ。
七瀬のここまでのボールタッチの回数は全て合わせても3回。
相手の背番号7は既に3点取っている。
スコアは4-0。
バスの中で「前半はこのくらい」と考えていたスコアだ。
敵と味方の点が逆になっているが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます