8月6日 14:05
電光石火の失点に、北日本短大付属の選手はほぼ全員が茫然となっていた。
「集中! 集中!」
動揺を見て取った夏木がベンチからピッチに近づき、声をかけた。
高踏のベンチでは、試合に出ていないメンバーが全員口をぽかんと開けていた。
ここまで鮮やかな先制点は予想していなかったのだろう。
その横で浅川が興奮している。
「あの人って、登録は右サイドバックですよね!?」
得点者・立神翔馬の登録ポジションについて触れている。
「そうだよ」
「あれだけ深い位置に行くんですか!?」
「うん。それが自然じゃない?」
陽人は手元にあるボードのマグネットの駒を動かす。
「今の展開というのは、左ウイングの希仁がプレスをかけて、そこから真人がスルーパスを通して希仁のいる左スペースにボールが流れてチャンスになったわけでしょ」
「そうですね」
「この場合、希仁に近い選手は連動しなければいけないから、例えば達樹や隆義も希仁の動きに沿って動くことになる。それに応じて右ウイングの五樹も中央に寄るわけよね。となると、純粋にゴールに向かってアクションしやすいのは、ボールサイドから一番遠い右サイドの翔馬になるんじゃないかな」
マグネットで近い選手を動かしていき、右サイドバックの立神をハーフウェーライン際まで押し上げる。
「サイドでボール奪取をした時、決定的なプレーを生み出すのは結構な比率で反対側のサイドバックだと思う。だから、両サイドバックにはシュート、ラストパス、クロスといったファイナルアプローチが全部できる人間にいてほしいと思うんだ。だから、右はもちろん翔馬だし、左は耀太かなと思うんだけど」
陽人が視線を向けた先、園口耀太はゴホゴホと咳を鳴らす。
「すまん……」
本人が発熱の症状を訴えたために、今日の左サイドの先発は左利きのオールマイティー曽根本英司が務めている。
北日本のキックオフで試合はリスタートし、またも猛全とプレスがかけられる。
浅川が少し首を傾げつつ、陽人に尋ねた。
「天宮さん、これ、最後までもつんですか?」
格下が格上相手に強烈なプレスをかけるというのは、時々見かけられる光景ではあるが、当然強烈なプレスをかけると体力の消耗も激しい。
試合開始直後なのでまだまだ大丈夫だろうが、一試合というスパンで見た場合に、このまま行けるはずがない。どこかでガクッと落ちてしまう危険性がある。
「分からない」
「わ、分からない……?」
浅川は絶句した。
しかし、それは疑いようのない陽人の本音である。
「練習ではできているけれど、試合はまた別物だし、どうなるかは全く分からない。極論すると、それを確かめるための練習試合だからね。仮に落ちて、そこかに10点20点取られたとすると、それが現在位置ということになるし、この試合に関してはペース配分を考えるつもりはないよ」
「そ、そうなんですか……」
浅川は口ごもった。
ピッチ上では、北日本短大付属のパニックがまだ続いている。
陸平がパスカットをし、鈴原に回す。右サイドにボールが展開され、細かく回しているうちに立神が上がってくる。
「11番注意!」
夏木の声が飛ぶ。立神が中に入ろうとして、マークが寄る。交差するようにライン際に走る颯田にボールが出た。中で瑞江が動く。
颯田がすぐに折り返した。
「まずい!」
夏木がまた立ち上がった。
しかし、ボールは動いた瑞江の後ろ側に出てしまった。
チャンス喪失。
それでも、瑞江は「ドンマイ!」と親指を立てた。
前半5分を経過。
ここまでのところ、高踏が試合を支配している。
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