実戦を経て

8月6日 13:50

 8月6日。



 初めての練習試合を迎えることになったこの日。


 高踏高校の選手は全員、一様に緊張した面持ちでクラブハウス内で待機していた。


 もっとも、初の試合に向けた緊張というよりは……


「本当に来るのかな?」


 相手がこんな山の方までやってくるのだろうかという疑問と、不安による部分の方が大きい。


「向こうからは昼過ぎに着くって連絡が来ているから」


 真田が「信用してくれよ」と苦笑いを浮かべている。


 日頃は練習にも中々顔を出さない空気のような顧問であるが、自分から試合を組んだこともあり、今日は早くから待機している。



 真田はこういうが、本当に来るのか、わざわざ高踏のようなところまで来るのだろうか。


 どことなく不安があるまま、時間を過ごす。



 十二時半、大型バスがグラウンドまで走ってくる様子が見えた。


 窓に「北日本短期大学付属・サッカー部②」とあるのを見て、ようやく一同、緊張がほぐれた。


「よし、準備をしようか」


 陽人が立ち上がり、全員もそれに続いた。




 北日本短大付属のバスから先頭を切って出て来たのはジャージー姿の二人であった。共に二十代後半くらいと見えた。短髪と長髪の二人がいるが、そのうち短髪の方が前に出て来る。


「北日本短期大学付属コーチの夏木と言います。今日はよろしくお願いします」


 そう言って、真田を見た。


「先輩、随分と凄い施設で練習やっているんですね」


「まあな。ハハハ」


 どうやら先輩後輩という関係のようだ。


「先生、うちらの力量差理解しているのかな? 試合後に恥をかくことにならないといいけど……」


 立神が呆れたように笑った。



 二面ある練習場のうち、一面を北日本短大付属に割り当て、残りの一面でウォームアップをする。


 と言っても、柔軟体操、ストレッチなどの基礎運動に、ロンドなどの軽いボール運動が中心だ。



 陽人は試合に出るつもりはない。


 監督として試合に専念するつもりなので、練習からは離れていたが、そのため、グラウンドの外にいる数少ない観客に気づく。


「あれ、浅川君。わざわざ来てくれたの?」


 一か月半ほど前に深戸学院で顔を合わせた浅川光琴の姿があった。


「はい。谷端さんと宍原さんが、代わりに見てきてくれって」


「そうか。あの二人はここの一軍と試合だものな」


「どうですか? 勝てそうですかね?」


「見当もつかないけど、相手は二軍とはいえ、県内ベスト4くらいは普通に進むところだよ。こちらは二回戦で大成功レベル。考えるまでもないんじゃないかな。もちろん、新チーム最初の試合だし、あまり悲惨な試合にはなってほしくないけど」


 浅川と話していると、背後から足音がした。卯月が近づいてきている。


「メンバー表あります? ホワイトボードに記そうと思うのですが」


「ああ、ごめん。これでお願い」


 メモ用紙を切って、卯月に渡す。



 既に相手からは貰っていたようで、ハーフライン近くに持ち出してきたホワイトボードに書き出していく。



 高踏高校

 GK:鹿海優貴

 DF:曽根本英司、石狩徹平、林崎大地、立神翔馬

 MF:芦ケ原隆義、陸平怜喜、鈴原真人

 FW:颯田五樹、瑞江達樹、稲城希仁


 北日本短大付属高校

 GK:渡島幸次

 DF:石塚真治、李勇輝、石幡多香郎、牧田直人

 MF:石代崇、棚倉正幸、鈴木恭一郎

 FW:小切間浩章、七瀬祐昇、佃浩平



「お互い4-3-3か。まあ、だから何やねんという話だけど」


 4-3-3であっても、選手の個性によって全く違う形となることは、既に何種か配置を勉強してきて陽人も分かっている。


 公表されたメンバーだけを見ても、そこから何も分かることはないし。そもそも。


「とりあえず、こちらのやることがどこまで通用するか、だな」


 相手がどうこう、という試合ではなく、まずは自分達の現在位置の確認である。




 開始10分前、陽人は全員を集めた。


「記念すべき最初の試合だけど、とりあえず現状確認以上の何者でもない。慌てず騒がず、今の持てる力を出していこう。技術的なミスや判断ミスは仕方ない。だけど、やるべきことはきちんとやろう。点差や試合状況に関わらず、さぼったらいけないところでさぼることだけはしないようにしよう」


「……オッケー。ま、高い山を登り始める第一歩だ。気負わず行こう」


 この日キャプテンマークをつける陸平も、陽人と同じくらいのんびりとした言葉をかけ、高踏の11人はピッチへと駆けだした。

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