6月17日 11:00

 吉橋方面へと向かう電車の中で、天宮陽人と稲城希仁は外の景色を眺めていた。


 高校に入って以降は、吉橋に行く機会は減っている。部の練習がメインで、それ以外の娯楽のために使う時間が減っているからだ。


 しかし、この日は谷端篤志の誘いを受けて、吉橋にある深戸学院に向かっていた。



 高踏の監督・藤沖の甥ということで、谷端とは時々連絡をとっている。


 それまでは藤沖の状態についての会話ばかりだったが、先日、谷端から「来週の土曜日、新一年候補が練習に来るから、ちょっと見に来たらどうだ?」と言われ、その気になったのである。


 誰か連れて行こうか、とも思ったが、結菜達は中学三年で本来なら受験生である。映像の件で協力してもらっているうえに、どうでも良いことまで引っ張りまわすのは気兼ねした。


 そこで瑞江と陸平に声をかけてはみたが、どちらも用事があり、来られない。


 すると、偶々その場にいた稲城が「面白そうですねぇ」と乗ってきたのである。



「中学生でも、経験豊富なので私より巧いんでしょうねぇ」


 稲城が話しかけてくる。


「まあ、サッカーに関しては、そうだろうな」

「それにしても、まだ六月だと言うのに、もう推薦に向けての練習をやるなんて、さすがにサッカーは人気がありますねぇ」

「希仁は声がかからなかったのか?」

「なかったですよ。あ、でも、四月の段階で高校ではボクシングをしない旨を宣言していたから、来なかったのかもしれませんね」

「多分、そうだよ」



 吉橋駅からバスで十分ほど行ったところに深戸学院高校があるが、サッカー部はそこから少し山の方に向かったところにあるらしい。


「うちもそうですが、サッカーの練習場は山の近くが多いんですねぇ」

「広い土地が必要だから、安いところに作りたいんじゃないかな?」


 指定されたバス停で降りると、谷端と宍原の姿があった。


「ようこそ、深戸学院へ」


 余裕綽綽という表情に、陽人は思わず苦笑した。


「招きに応じてやってきたよ。しかし、この時期から中学生の練習を見るとは凄いなぁ。交通費も負担しているんでしょ」

「そうでもしないと他所に逃げるんだよ。何せ、ウチの県はまだ高校サッカーで一度も優勝したことがないし」

「あれ、そうなの?」


 とはいえ、確かにこと高校サッカーで地元が大騒ぎしたという経験はない。


「優秀なのはJリーグに取られるのかな?」

「どうなんだろうなぁ。うまい奴は関東か静岡に行きたいんじゃないか?」


 谷端の言葉に宍原も頷く。


 陽人は思わず稲城と顔を見合わせた。


 そんな大それた地位を狙うつもりはないが、県内最強の深戸学院ですら、全国では魅力的ではないという事実は、驚きである。



 二人に案内され、練習場を遠目から眺める。


 深戸学院の練習場は、ピッチ面数は二面なので高踏よりも狭い。


 しかし、小さいながらもスタンドがあり、そこで座って眺めることができる。



「あぁ、やっぱり巧いですねぇ」


 パッと眺めて、稲城が残念そうな声をあげる。


 しかし、しばらく眺めているうちにけげんそうに首を傾げた。


「ですが、全然、スピード感がないですねぇ。もっと早いのかと思っていましたが」


「おまえ達んところのハンドボールが早すぎるんだよ」


 耳ざとく聞いていた谷端が笑う。


「あれをフットボールでもできたら、深戸の一軍もついていけないから」


「そんなものなんですか……」


 稲城は意外そうな顔をして、谷端の話を聞いていた。



 陽人はその間、ぼんやりと中学三年のプレーを眺めていた。


 深戸学院が呼ぶだけあって、やはりレベルは高い。


 しかし、心のどこかで「あれ、こんなもの?」という思いもあった。


(自分が監督役だから身びいきがあるのかな。少なくとも、この中学生相手なら五分以上に戦えそうな感じに見えるんだが……)


 もちろん、それを谷端や稲城に言うことはない。


 谷端に言えば、「随分デカい事を言うなぁ」となるのが関の山だし、稲城に言って「このあたりも勝てそうですね」と甘く見られても困るからだ。



 何か別の話題はないか。


 陽人は再度、グラウンド全体を眺め渡す。


 一人の選手が目に入った。


「あれ、あいつは……」


「知っているんですか?」


「浅川君じゃないかな。小学校の時は近くに住んでいて、結菜と遊んでいた」


「そうだな。浅川光琴あさかわ みことだ」


 傍で聞いていた谷端がリストを眺めながら答える。


「兵庫県大会ではかなり活躍しているらしい」


「そういえば、神戸の方に引っ越したと言っていたかな」


 妹の友人だが、近所に住んでいたこともあるので、引っ越した時には家族の中でも話題になっていたことを思い出す。


「でも、深戸学院の練習を受けるということは、こっちに戻ってくるということなのかな」


 結菜から彼についての話を聞いたことはない。


 一時期近所に住んでいたとはいえ、三年間も離れていれば、そんなものかもしれないが。

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