6月1日 8︰30

「今日は雨かねぇ」


 朝の通学路、山の方にかかる雲を見上げて、颯田五樹が溜息をついた。



 雨の日の場合、室内でのトレーニングが増える。体幹トレーニングといったきついものが多いため、できれば避けたいという思いがあるようだ。


「もうすぐ梅雨になるけど、何か他の練習法を考えないと毎日きついトレになるかもしれないな」


 瑞江達樹が笑いながら言い、颯田が「ひぇぇ」と泣き言をあげる。



「すいませーん」


 不意に声をかけられ、二人が立ち止まった。


 声の先には、長身で体格のいい生徒がいる。制服は高踏のものだが、着慣れていない。


「何です?」


「お二人はサッカー部ですよね?」


「そうだけど」


 颯田が手に持っているボールとネットに視線を向ける。


「僕は今日、転校してきたんですが、サッカー部ってまだ入部を受け付けていますか?」



 二人は顔を見合わせる。


 確かに、クラブによっては新入部員を受け付けるのはゴールデンウィークまでというようなこともある。特に、サッカー部の場合、かなり特殊な練習をしているので乗り遅れた者は挽回が難しいかもしれない。


 が......


「大丈夫じゃないかな?」


「特に打ち切るとかそういう話はないけど。えーっと」


「あ、僕は道明寺尚どうみょうじ なおと言います」


「道明寺君は経験者?」


 瑞江が確認する。


 経験者でなければダメということないが、すでに二ヶ月独自の方法で練習してきている。未経験者が後から入るのは辛いのではないか。そう考えての質問だった。


「はい。転校が分かっていたので、高校の二ヶ月は休んでいますが、小学4年からずっとやっています」


「それならいいんじゃないかな。あ、俺は瑞江達樹、こっちは颯田五樹。みんな1年だから敬語はなしでいいよ」


「みんな1年?」


 道明寺が目を丸くする様子を見て、瑞江は「あー、まずはそこからね」と理解し、坂道を登りがてら、経緯と状況を説明した。




「......なるほど。現時点では監督まで含めて全員1年と」


「そういうこと。当分は試合もないし、ひたすら練習だけだけど大丈夫?」


「それは分かっている。実は藤沖さんが来ることも知らなかったから、弱いところだと思っていた」


 道明寺はアテが外れたなぁと付け加える。


 どうやら、弱いところなので簡単にレギュラーを掴めるくらいに思っていたようだ。


「戦術は理解したけど、システムはどうなの?」


「システム?」


 瑞江は再び颯田と顔を見合わせた。



「今までフォーメーションの話はしたことがないなぁ」


「えぇ、フォーメーションも決まってないの? 練習試合や紅白戦はどうするわけ?」


「うーん、実際の試合が近づいてきたら考えるだろうくらいにしか思っていなかった。システムねぇ」


「フォーバックとスリーバックで守備のやりかたも変わってくるだろう? 俺は一応ディフェンダーだから、バックの人数くらいははっきりしてほしいと思うが」


 道明寺が言う。


 確かにその通りかもしれない。


 ただ、現在いる守備のメンバー、例えば林崎や石狩からそうした話は聞いたことがない。


「それは陽人に聞いてみてほしいが、そもそも固定したポジションという風に考えていないんじゃないかな。確かにスタート時点のポジションはあるだろうけど、試合中にいくらでも動くわけだし」


 瑞江の言葉に颯田も続く。


「そうだねぇ。最近だと、ボール保持時と、非保持時で、ポジションやシステムが変わるチームもいくらでもあるし、スリーバックでこう! とか、そういうのはない気がする。システムで確実なのはゴールキーパーが1人いること、と考えてもいいんじゃないか?」


「そんな無茶な」


「無茶じゃないだろう。実際、トップチームはそういう戦い方をしているわけだし。プレーの真似はできなくても、考え方は真似できるはずだ。俺達は強豪校のように凄い選手を擁しているわけではないから、戦い方では高いものを目指していきたい」


 瑞江の説明に、道明寺は理解半分疑問半分という顔で頷いていた。



 夕方。


 幸いにして天候は持ちこたえて、グラウンドでのフォーメーション練習が行われることになった。


「道明寺君は初めてだし、まずは見物してもらおうか」


「分かった」


 と、気楽に応じていた道明寺だが、実際に始まると悲鳴をあげる。


「な、何なんだ? めちゃくちゃ速くないか?」


「そう? もう少しスピードアップをしたいと思っているんだけど」


「こんなスピードで展開されたら、頭がパンクするって」


「大丈夫だよ。最初はみんな戸惑っていたけど、二ヶ月でこのくらいにはなるから」


 陽人が当然のことのように説明するのを聞いて、道明寺は渋い顔つきになる。


 とんでもないところに来た。声には出さないものの、顔はそう物語っていた。

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