5月22日 8:00
月曜日の朝、陽人はいつものように早朝から学校に来て、部室内の清掃をしていた。
「おはようございます」
そうこうしていると、マネージャーの卯月亜衣もやってきた。現在、マネージャーは高梨百合と彼女の二人だが、卯月の方が圧倒的に真面目だ。
土日も含めて毎日早朝に来て掃除をしている。
「あれ、園口さんが来ましたね」
窓を拭いていた卯月が声をあげた。
「園口が?」
どちらかというと、ズボラな方である。
始業前の時間にやってくるのは珍しい。正確には初めてである。
彼はすぐに入ってきた。
「おはよう」
「ああ、おはよう。陽人、卯月さん。ちょっと話があるんだが」
「何だい?」
「俺、土曜日は名古屋の大溝さんのところに通いたいんだ。そうなるとこっちには来られなくなるんだけど、それでもいいか?」
「ほう……」
どうやら、一昨日、へとへとになるまで走らされた後のダッシュで明らかにスピードが上がっていたことに感銘を受けたらしい。彼らが「名古屋まで来ればじっくり見てやる」と言ったので、通うことにしたようだ。
本人が前向きに「休みたい」と言う以上、断ることはできない。
「分かった。ただ、園口だけに認めると、角が立つかもしれないからいっそ土曜日は全員、自由にするか」
「自由に?」
「そうだよ。他にも似たようなことを考えている人はいるかもしれないし、そうでなかったとしても休むことも重要だという話もあるしね。俺も新しい練習方法を考える必要もありそうだし」
現在進めている、トップチームの試合習熟、キック抜きのフォーメーション練習、キック有りのフォーメーション練習という三段階は思った以上の速度で進んでいるように見えた。
もちろん、今後、更に速度・強度・精度を増していきたいところであるが、「同じトレーニングだけだと、体がそれに慣れてしまって刺激がなくなる」と大溝が語っていたこともある。
時々は変えて違う刺激を与える必要がある、とも感じていた。
「……もう少し慣れたきたら局面を設定して考えてみるとか」
「局面?」
「つまり、同点、こちらがリード、相手がリードという場合でやり方は多少変わってくるじゃん」
「あぁ、なるほどね。ただ、もう少し全く違うやり方はないかな」
「うーん、そういうのは俺よりも陸平の方が……」
「まあ、これは俺だけで決めることでもないし、みんながどう思っているかも確認した方がいいかもしれないな」
授業の後、全員が揃ったところでもう一度話をしてみよう。
そう思った時、メールが届いた音がした。
結菜から『これ、いる?』というタイトルでメールが届いている。開いてみると、大きなソリを並べてくっつけ、後ろに人形を設置しているかのような代物だ。
「何だ、こりゃ?」
学校はまだ始まっていないはずなので、電話で確認する。
「あれ、何?」
『スレッズって言って、アメリカンフットボールで使う練習道具なんだって。人形部分を押すんだけど、五台一緒にくっつけているから、五人同時に押さないとうまく動かないんだって』
「それ、サッカーで役に立つのか?」
『立たないけど、チームワークとか磨けそうだと思わない?』
「……ちなみに幾らするの?」
『新しいのを買うと高いんだけど、大溝さんのところに古いものがあるから、使いたいなら送ってもいいって言ってくれているの』
「ふうん、分かった。みんなに聞いてみる」
陽人は妹との電話を切り、園口に写真を見せる。
「使えると思うか?」
「分からん。でも、くれるって言うなら、貰ってもいいんじゃない?」
「気軽に貰った後、使わなくなってスペースを占領するのもまずいと思うけど」
「確かに、何となく買う問題集みたいなことになるかもしれないな」
問題集やら教科書は数が多ければ良いというものではない。同じものを繰り返し解くことで理解力が上がる。
「……と考えてみると、勉強とトレーニングも似ているところがあるのかもしれないな」
同じものばかりでもいけない。
とはいえ、変えすぎれば変えすぎたで効果が身に着かない可能性もある。
適切な配分を考えなければならない。
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