5月20日 15︰10
「よし、10分休憩」
大溝夫婦が宣言すると、全員が一斉にグラウンドに横になった。マネージャー二人と結菜が「大変だ」と水のボトルを持って走る。
「きつぃぃ......」
立神が呻いた。日頃の練習では稲城と並んでタフな部類に入る彼も音を上げるほど、短距離ダッシュの連続は苦しい。
そうこうやっている間に、園口も休憩をはさみつつようやく20周を終えたようだ。
「あと2周」
大溝妻があっさりと言った言葉に、園口が「何でだよ!?」と抗議する。
「速くなりたいんじゃないのかい?」
が、全てを知り尽くしたかのような老婆の眼光にたじろぎ、再び走りだした。口がブツブツ動いているところを見ると、文句を言う気力はあるらしい。
「大溝さん、園口さんは大丈夫なんでしょうか?」
見かねた結菜が尋ねるが、今度は夫の方が心配ないとばかり答える。
「結菜ちゃん、あいつはある程度体力を残してゴールする算段をしていた。それじゃあダメなんだ」
「体力を残しているとダメなんですか? 使い果たさないと速くならない?」
「あぁ、速い遅い以前に、あいつは走るフォームがめちゃくちゃだ。恐らくどこかで間違った指導を受けたんだろうが、それが染み付いてしまっていらない力が入りまくっている。だから、力が速度になっていない」
「力を抜かないといけないわけですか......」
「そうだ」
だから、体力をまずは0にする。
結菜だけでなく、全員が一旦納得はした。
だから、自分も同じことをやろうというものは1人もいなかったが。
「修正箇所が一箇所二箇所か、仮に3ヶ月あるのなら、もう少し段階を踏まえて直せるが、土日の2日しかないからね。余計な力が入らないくらいにヘトヘトにさせる必要がある。結菜ちゃん、あとであいつの走る姿をしっかりビデオに撮っておきな」
「わ、分かりました!」
更に10分かけて園口が戻ってきた。
「ようし、ここまでスプリントだ」
「げぇぇぇ......?」
大溝の話を聞いていない園口は絶望的な表情になる。それでも促されて走り出した。結菜がカメラを構えて、そのフォームを撮影する。
「あれ?」
誰かが声をあげた。
疲れ果てているはずなのに、むしろいつもの園口より速いかもしれない。
大溝が小走りに駆ける。もう一回と指示し、背中をバンと激しく叩いた。
「痛ってぇ!」
「背筋は丸めるな。伸ばせ」
もう一度走ると、先程よりも目に見えて速い。今度は本人も気づいたようで、走り終えて目を丸くしている。
大溝夫婦が笑った。
「まあ、そんなもんだろう。名古屋のジムまで来てもらえれば、機械を使ってもっと細かく見られるんだがな。まずは今のフォームをしっかり覚えて、今までの走り方から直すことだ」
と言って、少し思案する。
「今のフォームをしっかり覚えてっていうのは本来は変な言い方なんだけどな。元来、おまえさんはそういう走り方をしてはずなんだから。お、もう4時か。ちょっと話をしたいけどいいかい?」
「分かりました」
クラブハウスの会議室で、大溝がホワイトボードに書き込む。
「結菜ちゃんからチームのあらましを聞いたけど、むやみに筋トレをしないというのは、長い目で見れば賛成だ。おまえさん達は高校1年で、まだまだ体ができていない。今の段階で筋肉をつけすぎて固めてしまえば、かえって悪くなることは目に見えている」
カバンからプリントを取り出し、全員に配り始める。
「筋トレよりも大切なのは日々の食事だ。おまえさん達の体は日々作られている。それを日々の食べ物から作られるから、これは極めて重要だ。もちろん、完全な食生活をするとなると栄養士もいるし、食費もかかるから難しい。プロのエリートでもこの年代からやれている者はほとんどいない。ただ、最低限守ってもらいたいというものはあるから、それをまとめてみた」
そこには個々の栄養素と豊富な食物というのはもちろんのこと、サプリメントはどう摂るべきか、食べていけないものは何かなどが書かれてある。
「もちろん、守る守らないはおまえさん達次第だが、数年後に結果は如実についてくる。もし、気になるのなら、明日、過去一週間食べてきたものを表に書いて持ってくるといい」
「はい!」
全員が大声で答えた。
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