5月10日 15:50

 ゴールデンウィークが明け、学校は最初の中間試験が近づいてきた。


 そんな時期でも、高踏高校サッカー部のやることは全く変わりがない。


 フィルムチェック、フォーメーション練習、ボールを使っての実践である。


 夏の総体への出場権がないことが判明したので、秋までスケジュールは完全にブランクであり、ひたすら自分達の精度をあげることに専念することになる。


 陽人も結菜はもちろん、部員の多くも「これしかない」と納得している。


「藤沖監督がいない以上、練習試合も組めないし、大会に出ても仕方ないだろうしね」


 県サッカー内部で顔の広い藤沖がいれば、有意義な練習試合も組めるだろうが、今はそれがない。


 しかも、今の高踏サッカー部にはもう一つ問題があった。


 自分達の強さがはっきり分からないことである。


 練習試合はあまり強いところと組んでも無意味だし、逆に弱いところを一方的にボコったとしても同じく無意味である。互角くらいの相手と組んで初めて、課題や収穫を得ることができる。


 どこと対戦すれば有意義な練習試合になるのか。陽人にはそれを見極める目がない。だから結局、自己研鑽に励むしかない。


「おーい、天宮~」


 その日、学校が終わって練習を始めようとすると、珍しく顧問の真田順二郎がグラウンドまでやってきた。結菜が「明日は大雨かも」と失礼なことを言い出す。


「二つほど話があるんだが、いいか?」


 真田はベンチに腰掛ける。


「構いませんよ。何ですか?」

「八月に練習試合を一つやりたいんだが、いいかな?」


 思わず結菜の顔を見た。


 サッカー音痴を自称している真田が練習試合を組んできた。


 意味が分からない。


 二人して混乱している様子が伝わったようで、真田は苦笑しながら説明する。


「教育実習の同期が、北日本短大付属にいるんでね。連休中に帰ってきていて、飲んでいるうちにお互いサッカー部にいるということで話がまとまった。向こうは八月にこっちに来て、一軍は深戸学院と試合をするらしい。で、二軍がこっちに来て、ここで試合をすることになった」

「北日本短大付属の二軍ですか?」


 結菜がすぐに調べ始める。


「あれ? 去年、県予選決勝まで行っているところ?」

「マジ? 強いの?」


 真田もびっくりしている。その様子に陽人は呆れてしまった。


「先生、相手のことも知らずに引き受けてきたんですか?」

「いや、向こうがこっちのことを知っているんだろうなぁと思ってさ」


 真田は笑いながら頭をかいている。陽人は溜息をついた。


「……こちらはいいんですけどね。相手に文句を言われても知りませんよ」

「それは大丈夫だと思う。もう一つは予算の話なんだが」

「足りないんですか?」

「いや、合宿も遠征もないから、かなり余りそうなんだ。どうする?」


 陽人は首を傾げた。


「そんなにクラブ費があるんですか?」

「あぁ、藤沖先生の奥さんが申し訳ないからと80万円出してくれたらしい」

「それなら、藤沖先生が戻ったら使えばいいんじゃないですか?」


 遠征も合宿もする必要性がない以上、使うアテもない。


 だから断ろうとしたところで、結菜がポンと手を叩いた。


「あ、それなら、有名なトレーナーさんでも土日に呼んで、トレーニングやフォームをチェックしてもらうのはどう!?」

「トレーナー?」

「20万円くらい出せば、県内の有名トレーナーが見てくれるんじゃないかしら?」

「なるほどねぇ」


 トレーニング施設はゴルフ場の中で、必要最小限のものはある。


 だから、各自互いに相談しつつ、思い思いにやってはいる。


 それでも多少効果が出ているようには感じられたが、一度くらい専門家に見てもらった方が良いというのは確かな話だ。


「そうだなぁ。確かに変な合宿や試合をするよりは、そういう方がいいかもしれない。本当に使っていいんですかね?」


 陽人は真田に確認した。使ってから、「実は使ってはダメなお金だった」と言われると一大事である。


「それは間違いない。使って大丈夫だ」


 真田のゴーサインが出たので、陽人は妹を見た。


「じゃあ、誰か探してもらえる?」

「OK、任せておいて!」


 結菜は親指をあげると、すぐに端末を開いて、調べ始めた。

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