5月4日 10:30

「百聞は一見に如かずと言うし、実際に見てもらって、あとは彼女達から聞いてもらえるかな?」


 陽人は女子三人を指さした後、グラウンドの方に戻っていった。



 練習が再開される。


 谷端と宍原は、三人の女子に視線を向けた。


 中央の子が頭を下げる。


「私は古城中の天宮結菜です。こちらはサッカー部のマネージャーの卯月亜衣うづき あいさんと高梨百合たかなし ゆりさんです」

「どうも。みんな可愛いね」

「えへへ、ありがとうございます」

「あの練習、何のためにやっているの?」

「それはですね……」


 陽人のコンセプト、練習の狙いについて結菜は説明する。


 タブレットを取り出し、画面も見せる。


「練習はあのカメラで撮っていますので、後で気になった局面での意図、展開の意図も確認して意思確認をしています。最初はかなり戸惑っていましたが、一か月近く経って大分良くなったと思います」


 結菜の言う通り、追い込みもボール回しもかなり早い。


 ただ、全員ボールを手に持っているので、傍目にはとてもサッカーの練習をしているように見えない。


 谷端は宍原に小声で尋ねた。


「どう思う?」

「……よく分からんが、あのスピードで鍛えられると守備は良くなるんじゃないか? あの速さの追い込みが自然とできているのはヤバイぞ」

「確かに守備は……」


 部員の人数の問題で、使っているスペースは狭いが、手で回すボールに対しての追い込みの速さには目を見張るものがあった。


 それも一人だけではない。周囲も合わせて動いているし。


「あの5番と6番、位置取りをかなり意識しているな」


 周りを使ったうえで、効果的なインターセプトを狙っている者もいる。



 谷端は改めて女子三人を見た。


 中学と自己紹介した結菜であるが、サッカーの知識では彼女がダントツのようだ。時々アドバイスを送ったり、笛を吹いて修正を要求したりしている。


 残りの二人は、映像がきちんと撮られているかチェックしていたり、水の準備をしていたり、一般的なマネージャー業務に専念しているように見える。


 谷端は結菜に話しかける。


「守備は総体予選までにかなり良くなりそうだね。相手は舐めてくるだろうから、足の速い選手にロングボールあてるだけで一つ二つは簡単に勝てそうだ」


 予定されていた名監督が不在という高踏高校サッカー部の状況は対戦校も知っているはずである。更にメンバーが全員一年生ということを知れば、相手は間違いなく舐めてかかる。


 そこにこのプレスで追い込んで、速いカウンターを目指せば中堅未満の相手なら勝てるだろう。


「そうかもしれませんね。でも、ロングボールは使いません」

「使わないの?」

「高踏は強豪じゃないですから、ロングボールは使えないんですよ」

「どういうこと?」


 守ってロングボールは明快で分かりやすい。


 弱いチームが強い相手に勝つ場合に、まず検討される作戦のはずである。強豪じゃないからロングボールを使わないという言葉は違和感がある。


「例えば、私はサッカー見るだけでやりませんけど、それでも2メートル先の谷端さんならパスできます。でも、宍原さんの距離には正確に蹴ることはできません」

「それがどうしたの?」

「つまり、ロングパスって巧い人しか出せない特別なものなんです。高踏は全員サッカーを目指していますので、巧い人前提の作戦は取らないんです。だから、下手な人間でもできるショートパスを正確に繋いで前を目指します」


 そうして、結菜はどや顔を決めて言う。


「ロングパスが通ったら勝てることがあるかもしれませんが、そうじゃなくて全員できちんとやるサッカーを組み立てていくんです。私達は下手だからショートパスを使うんです」

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