準備段階
5月4日 10:00
世間はゴールデンウィークに入った。
初夏の陽光を受け、今年も暑い夏の到来を思わせる山道を、高踏高校サッカー・ラグビー部グラウンドに向けて歩く二人の学生の姿があった。
「もしかして、通り過ぎたんじゃないか?」
後ろから歩いている一人が学校の方に視線を向けて問いかける。かなりの大柄だ。190センチ前後はあるだろう。
「いや、潰れたゴルフ場を改造して練習場にしたから、誰だって分かるほど広いって言っていた」
前を行く一人が答える。こちらは175センチ程度というところか。
更に歩くこと20分。
「見えた、あれだ」
「おっ、着いた? って、確かに広いな。広さだけならウチより広いんじゃねえ?」
四面あるピッチを見て、長身の男が驚きの声をあげる。そのまま視線をずらして、道路に近い側にいる面々に気づいた。
「あれがサッカー部かね?」
「多分……。いや、ラグビー部だ。ボールを手に持って走っているし」
「でも、ゴールが置いてあるぞ。ラグビーはあっちだろ?」
明らかにサッカーのラインが引かれ、サッカーのゴールが置いてあるグラウンドである。そうであるならば、そこでプレーしているのはサッカー部に違いない。
「あの子達に聞いてみる?」
グラウンドの横には、メガホンを持って「もう少し右」とか叫んでいる女子が三人いた。そうしよう、と前を行く男が近づいていく。
「すみません。ここってサッカー部ですか?」
「そうですよ」
と振り返った中央の女子が、ぎょっと一歩たじろいだ。
「えっ、もしかして、深戸学院の人ですか!?」
驚くのも無理はなかった。二人の胸のところには、県内随一の強豪深戸学院の文字が刺繡されてあったからだ。
「そうなんですけど、そっちの用事じゃないです。僕は
「えっ、藤沖監督の甥っ子さん?」
「はい。ようやく字が書けるくらいには回復したので、手紙を届けてほしいって。今時、直筆手紙なんか送らなくてもメールでいいんじゃないかと思うんですけどね」
「それはわざわざありがとうございます」
中央の少女は笛を取り出して、グラウンドに向かった。ピーッと吹くと、全員が動きを止めて「どうした?」とばかりに近づいてくる。
「藤沖監督の手紙を届けに来たんだって」
「えっ、そうなんだ?」
一人が前に走り出て来る。
「甲崎さん?」
谷端は伯父から聞いていた高踏高校主将の名前をあげるが、彼は「違う」とばかりに首を振った。
「天宮陽人です。上級生は全員引退したんですよ。ここにいるのは一年だけですね」
「あぁ、監督不在でやることもないし、受験勉強……」
一年と分かったためか、谷端の話し方が若干ぞんざいになる。自分でも気づいたようで自らを指さして言う。
「あ、俺も一年だから、敬語はなしでいいよ」
「わざわざ遠くまで来てもらって申し訳ない」
「構わないよ。深戸学院の推薦取れなかったら、一緒にやっていたかもしれないし。まさか事故で半年以上不在になるなんて誰も思わないよな~」
谷端は笑いながら言い、そこでもう一人を指さした。
「あ、あっちは
「深戸学院は層が厚いんだろうねぇ」
「まあね。新人戦まで出番はないかもしれない。上級生がいないのは羨ましいよ」
「こっちは出番はあっても、すぐ負けるよ」
「……一長一短ってわけだな。しかし」
そこで谷端はようやく最初の疑問をぶつける。
「何だか変わったことをやっていたけど、あれは何なの?」
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