4月12日 12:15
水曜日、昼休みになり、陽人は弁当を広げた。
天宮家は父が税理士、母がそのスタッフとして働いている。
夜は二人ともいないことが多いが、朝の出る時間は遅いため、大抵は母が陽人と結菜、二人の弁当を作っている。
「陽人~、最近、ゲームの方はどう?」
陸平がいつものように弁当を持ってきて近くにやってきた。
「全然だよ。結菜含めた中学コンビが次々データを持ってくるから、曲がりなりにも調べないといけないから」
「それは大変だ。来年は藤沖監督、陽人コーチかと思いきや、妹にクビにされるかもしれないね」
「まあ、コーチがクビなら選手として復帰できるから」
冗談をかわしながら、食べ始めると、不意に影が伸びた。
「……うん?」
顔をあげると、茶髪の男が立っている。同じクラスの人間ではない。
「園口君?」
颯田が口にしていた、園口耀太のことを陽人はあまり良く知らない。
ただ、多分園口ではないかと思った。
「ちょっといいか?」
肯定も否定もせずに陸平の隣に座る。弁当は持っていないようで、話をするためだけに来たらしい。
「颯田君から聞いたけど、ジュニアのチームではうまくいかなかったんだって?」
陸平がサバを箸でつまみがてら尋ねた。
「……足が遅くて使い物にならない。背丈も小五から1センチしか伸びないとあっては高さも標準未満だってことだ」
「そうなんだ。厳しい世界なんだね」
「成績はまあまあだから、普通に勉強して、大学でも行けばいいとはっきり言われたよ」
「それで高踏に?」
「……それもあるし、藤沖監督が来るというから、最後にもう一回チャレンジしてみようかとも思った」
園口の言葉に、陽人は唇を噛む。
「それで代理監督だと萎えるよねぇ」
「いや、別に文句を言いたいわけじゃないから。強いて言うなら天宮じゃなくて藤沖さんに文句言うことになるし。それより、昨日ちょっと練習を見たけど、あれは一体何なんだ?」
「いや、高校の監督が何をやっているかって全然分からないから、チームコンセプトを作って、それが出来そうなことをやっているだけだよ」
陽人と陸平、二人でチームコンセプトや練習の意図について説明する。
園口は半信半疑という表情だ。
「……それで勝てるのか?」
「いや、そんなに甘いものじゃないと思うよ」
陽人はあっさり認めた。園口は「じゃ、何でやってんだよ?」と更に首を傾げる。
「俺は何をやればこのチームが勝てるかっていうのが分からないから、仮にそういうものを目指すのなら、達樹と翔馬が100パーセントやりやすいサッカーってことになる。けど、それだと他の面々が面白いのかなというのがあるし、達樹と翔馬の能力以上の相手には絶対勝てないってことになる。一年ばかりだし、監督俺で期待するものもないなら、勝ちを追い求めるより、来年以降を考えた方がいいかなと思って、こうやっている」
「……」
「幸いにして、達樹も翔馬も『俺が、俺が』ってタイプではないし、みんなで良いものを目指していきたい、って思っているから協力的なんだけどね。実際に試合で負け続けたら変わるかもしれないけど」
「チームの形を作ったうえで、瑞江と立神がプラスアルファをもたらすようになればいい、ということか?」
「そうなれば理想的だけどね。そこまで甘くはないと思うけど」
陽人は乾いた笑い声をあげて、「あれ?」と目を見張る。
園口が瑞江達樹と立神翔馬のことを知っていたからだ。
「練習を見れば、あの二人と、陸平怜喜が中心だろうというのは分かるよ。正直、昨日までは高踏だったら一番巧いだろうと思っていた。全然そんなことがないと現実を思い知らされたよ」
「でも、全国ベスト4でしょ。そんな経験をしている人って中々いないよ」
陸平の言葉に園口は「小学生だぜ」と冷笑を浮かべる。
「それでも経験は大切だと思うよ。僕が以前コーチに言われて印象に残っている言葉があるんだ。その人はスカウトもしていたんだけど、『身体能力とかスキルが凄いヤツは一杯いる。でも、極限状態で本来の動きができるかどうかはキャラクターとインテリジェンスにかかっている』って言っていた。だから、個性も知性もないヤツはどれだけ凄くても取らない。そういう人は肝心な時にミスをするって。ベスト4という経験があるなら、個性や知性には強みじゃないかな?」
園口はフッと笑みを浮かべた。
「おまえも将来スカウトになれそうだな。そんなことを言われると、もう一回やってみようかなってなるじゃないか」
「どうせ入るつもりで陽人に話しに来たんでしょ?」
「……」
園口は照れたのか、何も言わずに手を出した。
「……?」
陽人は園口の意図を読みかねた。
握手する気なのだろうか? と手を出したところ、陸平が苦笑する。
「入部届じゃない?」
「あっ。全部部室にある」
園口は「おいおい」という顔をした。
締まらないねぇ、と陸平は再度苦笑した。
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