4月9日 18:25

 日曜日の夜。


 陽人が部屋で教科書の整理をしていると、部屋の扉がノックされた。


「はーい」


 どうせ結菜だろう、そう思って気楽に答える。


 果たしてその通りで、妹が入ってきた。手に小さな何かを持っている。


「作ったよー」


 差し出されたのはメモリーカードであった。


「編集、結構大変だったのよ。まあ、我が映像研究会には辻佳彰つじ よしあき我妻彩夏あがつま あやかという二人の名手がいるから何とかなったけど」


「おまえは何をしたんだ?」


「二人を『頑張れ』って応援しつづけたわ」


「……あっ、そ」


 受け取ったメモリーカードをPCに差し込む。マンチェスター・メトロポリスの試合動画集で、幾つかのチームとの試合が入っている。


「やっぱりリバプールSCの試合かな」


「この両チームがやると、打ち合いの激しい試合になるから、観ていても面白いわよね」


 試合を選択すると、更に四つのフォルダがある。


「まず『試合映像』はそのままの試合映像。『上空映像』は個々の選手の動きを上から見たらこうなるという形で再現したわ。ホワイトボードを90分動かしたものね。テレビに映っていないところはAIに予想させたものだから、正しくないかもしれないけど。あと、それぞれの選手に動きの矢印をつけた『試合ベクトル』、『上空ベクトル』を作ったわよ」


「こいつは凄いな」


 予想以上の出来であった。特にベクトルの方は、選手の動こうとしている方向の矢印が入ることでその後のボールの動きや意図がより分かりやすくなる。


 中学三年でもこれだけのものが作れるのか。


 陽人は空恐ろしい気分になってくる。


「うーむ、これだけのものが作れるとなると、実際に動きを丸々模倣して再現するのも可能かもしれないな」


 実際にトップチームがそれぞれの局面でどう動いているか、映像でまるまる分かる。


 これを実際に体験してみることで、ポジションごとの距離感、次の動きへの意図などがより分かるのではないか。


 できそうなことが広がってくる。



「確かにそうだけど……」


 結菜は首を傾げた。


「再現は難しいんじゃないかしら? メトロポリスとリバプールの選手達は超エリートよ。スピードもパワーも全然違うと思うけど」


 再現するには、同じスピードがなければならない。


 メトロポリスやリバプールの選手達は何十億、下手すると何百億円というお金でやってくるスーパーエリートだ。そんな選手達と同じ体力や走力は高踏高校サッカー部の選手達にあるはずがない。


「もちろんそれは分かっている。だから、こちらは80パーセントの広さのグラウンドでやってみる。それなら何とかついていけるんじゃないかな」


「距離を短くするの?」


「そうだ。とにかく、トップチームがどのくらい素早く守りから攻撃に移れるのか、それを体験してみたい。スピードとかパワーとかテクニックは才能の差があるから無理かもしれないけど、切り替えの速度を速めることは俺達でもできるはずだからね」


 陽人は動画を止めて、少し考えてから話す。


「マンチェスター・メトロポリスの80パーセント、できれば90パーセント程度で攻守の切り替え、ポジション修正ができるようになれば、高校サッカーの本大会くらいまでは行けるんじゃないだろうか?」


「もっと行けるわよ! メトロポリスの90パーセントならJリーグでもやっていけるって!」


「いや、選手の能力が違うから。何せ、高踏では俺みたいな下手もレギュラー当落選だからな」


 陽人はそう言って苦笑した。

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