4月8日 9︰30
「ありゃ、違った......」
こちらに向かってくる、と思われた生徒は、しかし、途中でクルッと向きを変えてラグビー部の方に向かっていってしまった。
ラグビー部の方が部室が奥にある。やむをえないといえば、やむを得ない。
「見込みで動いたらダメってことだね」
陽人は入部届を引き出しに直した。
時間ができたので、チーム方針と今後の練習指針を颯田に説明する。
「だから当面はレギュラーもベンチもない。きれいな言葉というわけではなくて、決める意味がないからね。決めるのは監督で、多分冬の前くらいになると思う」
「とすると、今年は捨てる一年になるのか?」
「トーナメントなどの結果については、ね。だけど、チームの連動性とか意思疎通がしっかりできれば、2年以降につながると思うよ
「分かった。どうせ1年坊主しかいないし、監督がいたとしても1年目から結果を出すのは無理だろうし、な。ところで」
颯田が話題を変えてきた。
「
「園口耀太?」
陽人の知らない名前である。視線を瑞江に向けるが、「俺が知っているわけないだろ」とばかりにバスケ雑誌を指さした。
「入部者の中にはいないよ。知り合い?」
「ほら、俺達が小学5年の時に地元の
「あぁ......」
小学5年の時、とまでは覚えていないが、地元に近いチームが全国大会の準決勝に進んだ話題で賑わったことは記憶にあった。
「その時の愛東のエースが園口。だから、中学卒業と同時にジュニアユースチームに入っていたはずなんだけれど、そっちでは全く芽が出なかったらしい」
「よく知っているね」
「昨日ネットで調べた。入学式で名前を見つけて、何で園口が高踏にいるんだろうとビックリしたんで」
「そうなんだ。なら、来てくれても良さそうだけどね」
陽人は気楽に応じるが、颯田はそこで表情を暗くする。
「ひょっとしたらジュニアユースチームではうまく行かずに、藤沖先生がいる地元の高校でやり直そうと思ったけど、その監督までいないので、やる気をなくしてしまったのかもしれない」
颯田の言葉に、陽人も頷いた。
「なるほどね。その気持ちは分かる」
ジュニアとはいえ、ユースチームにいたとなれば、相当専門的な指導を受けていたはずだ。
その環境で練習してきた人間が、「監督が事故ったので、新入生が監督代行しています」なんてチームで前向きになれるかは疑わしい。「やってられるか」と考えても不思議はない。
それでも、颯田は入ってほしいと思っているようだ。「月曜以降、誰か誘いに行くのはどうだろう?」と提案してくるが、無言のままでいた瑞江がはっきりと否定的な反応を示した。
「高踏は県立高校でサッカーの実績もない。だから、下手な仲間がいるのは仕方ないけどやる気がない仲間がいるのは困る。特に今、陽人が目新しいことをしようとしている。そこにやる気のない奴が入ってきて、空気を悪くするようなことを言うなんてのは最悪だ。俺は園口って人のことは何も知らないけど、今の話が本当なら、こちらから誘いに行くのはやめた方がいいと思う」
陽人もしばらく考える。
本人にはそれなりにプライドがありそうだ。だから、自分から入るということには抵抗があることも考えられる。こちらから「園口君、入ってよ」と頼みに行った方がいいのかもしれない。颯田はこう考えているのだろう。
もっとも、こちらが下手に出てしまうと、「お前たちが入ってくれと言うから入ってやったんだ。だから俺に従え」と相手がやりたいようにやる可能性がある。
「うーん......。俺も達樹の意見に賛成かなぁ」
陽人も瑞江に同調することにした。
「俺はあくまで、俺にできる形でいいチームを作って藤沖監督に引き継ぎたい。藤沖監督が園口君に任せるというのならともかく、その前段階でワンマンチームみたいな形にはしたくないかな。だから、彼がどう思っているのか、そういうあたりを調べてから、誘いに行くか待つか決めた方がいいと思う」
「分かった。じゃ、俺は何とか一回、園口に聞いてみることにするよ」
颯田も陽人と瑞江の意見に納得したのだろう。
誘う前に本人の意思を確認する、という前提で動く意図を表明した。
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