3月27日 8:15

 次の朝、陽大はゲームをしていたこともあって、やや遅めの時間に目が覚めた。


 時計を見ると既に8時。寝坊をしたと急いで着替えると、朝食を食べに食堂に入る。


「おはよ」


 一歳年下の妹・結菜ゆいながトーストをほおばっていた。

 視線はテレビに向いている。


「あぁ、おはよう」


 答えた途端に、地域ニュースに入り、藤沖の事故が再度取り上げられていた。


 結菜がチラリと兄を見上げる。


「藤沖監督、事故に遭っちゃったんだね」

「らしいね」

「藤沖さんって、高踏市生まれだから高踏の監督引き受けてくれたんでしょ。他に監督になってくれそうな人はいないんじゃない?」


 中々容赦ない発言だ。


 とはいえ、事実でもある。


 高踏高校のサッカー部には実績が何一つない。最高で県予選三回戦だ。

 県立で進学校の部類だから、学生を集めることもままならない。


 練習環境が改善されたとはいえ、意欲的なサッカー指導者が「行きたい」と思う場所ではない。地元出身だからとか、OBだからとか、特別な理由がないと来るところではない。


「俺はそんなにうまくないから弱小チームでもいいんだけどさ。監督が変わるから高踏にしようって奴が結構いたんだよ。そいつらが可哀相だ……」

「瑞江さんとか立神さんとか?」

「そうそう。あの二人はどこだって行けたのに。怜喜も高校からはいよいよサッカーに専念できるって喜んでいたのになぁ」

「可哀相ねぇ。兄さんは下手だからどうでもいいけど」

「おい」

「自分で言ったじゃん?」

「俺が自分で言うのと、おまえが言うのとでは違うだろ。そこは嘘でも、兄さんも可哀相くらい言ってくれよ」

「え~、だってみんなを道連れにしたのは兄さんでしょ。諸悪の根源じゃない」


 妹の減らず口に、更に文句を返そうとした時、携帯メールの音が鳴った。

 陸平からだ。


『おはよう。今日さ、学校の方に行って、今後どうなるか聞いてきたいと思うんだ。陽人も来る?』


 すぐに『自分も行くよ』と返信を返した。『じゃ、10時に学校で』と陸平からの返信もすぐに返ってくる。

 時計を見ると既に8時半近い。高踏高校は地元だが、山の近くにあるため学校までの距離は45分と結構遠い。

 10時だとあまり時間の余裕はない。


 分かった、と返信を返して、手早く作れるものに手を伸ばす。


 既にトーストを食べ終わり、コーヒーを入れようとしていた結菜がチラッと視線を向けて、賢しらぶって言う。


「アスリート目指すならインスタント麺なんか食べたら駄目なんだぞ~。大谷翔平選手を見習ってゆで卵三個食べるくらいじゃないと」

「卵三個も食べたら、母さんから大目玉だろ。アスリートの妹なら何か作ってくれよ」

「私はこれでも映像研究会の部長なの。顧問も監督もいないサッカー部員と違って忙しいんだから」


 最後まで減らず口を叩き続けて、結菜はコーヒーカップを持って食堂を出て行った。


「全く」


 一人になった食堂。

 テレビを消すと、陽人はカップラーメンをすすりはじめた。

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